夜鍋太郎氏〜洋楽ファンの視点から〜
夜鍋太郎さんも、音楽の仕事とはほとんど関係ない、いやまったく関係ない立場の人なんですけれども、ファンとしてはなかなかいないレベルのマニア。どこがそんなにというと、まず、足を運ぶ。自腹ですよ、自腹。いったい何回ライブに行っているのか、年間いくら使っているのかライブに、と驚くくらいです。評論家が招待されて行くのとは訳が違います。好きなんです、音楽が。ほぼ洋楽オンリーの音楽嗜好なのですが、来日すると知ったらまず足を運ぶ。現場で生を聴く。その場にだけある熱を感じて心の底から喜ぶ。これだけでもかなり珍しい存在なのですが、それでいて文章が書ける。文筆業の人ですから。もうそうなるとほとんどいないわけです。貴重な存在です。彼のレビューを見ていると、2015年のベストって何アーチストいるんだろうかと不思議になってきますが、その瞬間瞬間で、どのアーチストのどの作品も夜鍋さんのなかでは本当にベストなんでしょう。街でよく見かける「閉店セール」って何度目の閉店なんだよと思ってしまうことはよくありますが、そんな打算的な常時閉店セールとは完全に違って、夜鍋さんの場合毎回毎回本当に閉店廃業してしまうくらいの勢いの感動で燃え尽きまくって、2015年ベストが毎回決定されているのだと思います。熱があるから、許されることなんじゃないでしょうか。熱の薄い斜に構えた評論なんて、読みたくもないですしねえ、ええ。
それでは夜鍋さんのレビューから、いくつか振り返ってみましょう。
The Jon Spencer Blues Explosion『Do The Get Down』
夜鍋さんのジョンスペに対する屈折した愛情が滲み出ています。まだ売れていない頃から好きだったバンドが売れてしまってメジャーになって、大きな会場を満員にさせるようになると「ああ、彼らは変わってしまった。自分の好きだったあのバンドはもう終わってしまった」とファンをやめる人というのはたくさんいますが、それとは違った形の屈折した愛情がここにはあると思います。好きなものが売れてほしい。売れ続けていてほしい。もちろんそれは、自分が好きである何かを他人も評価してくれることによって自分の評価の正当性が証明されるというひとつの承認欲求なのですが、日本で人気が出なくなったらもう来日もしてくれなくなるんじゃないかという恐怖もあるのではないかと思います。それは売れる前のバンドが、ずっと売れないままだったら解散してしまうんじゃないかという心配から必死に応援し続けるというファンの切実な想いにも似ています。解散することが判ったらTwitterで「え〜、残念だ〜」と言うだけ言って、結局ライブにも行かなかったしCDも買ったことなかったような多くの人たちとは完全に違う、熱心なファンの姿がここにはあります。
Ezra Furman『Restless Year』
洋楽を知らない人にとってはなにかとっかかりが欲しいのであって、夜鍋さんのようにマニアックに音楽を追いかけている人の「彼らのデビュー盤は〜」「そこからの変化のあれのこれの〜」という言葉が時として「その前提を知らないオレはこの曲の良さわからないんじゃないかなあ」という感じで、距離を感じてしまったりします。でもこれ、レビューの冒頭から「5秒で恋に落ちる、そんな曲が大好きだ」と主張される。こういうのって、「ああ、オレだって一目惚れしていいんだね」って思えて嬉しくなります。夜鍋さんは洋楽に関して無名のものまでチェックしているので結果的にマニアなファンになっているだけで、無名アーチストがまだ評価もされていない頃に「これ、カッコいい!」と独自の物差しで断言してしまう一目惚れ初期衝動を持っている人。その体質ですべての曲を推薦してくれるので、きっとどの曲も誰だって一目惚れしていいクオリティがあるはずです。この曲はそういった端的な例だといえるでしょう。
Tropics『Rapture』
美しい曲でした。夜鍋さんのチョイスはドが付くほどのパンクからこういったロマンチックなものまでとにかく幅広く、ジャンルにとらわれない幅広さにこそ、彼の音楽に対する自由さが現れているんだと思います。「こんな映画的なシチュエーションは一度も経験したことがないけれど」と断言しつつもその世界に浸れそうだというこの妄想力も、彼のユニークなところだし、こうやって妄想に浸ることもアリなんだと感じさせてくれるのも、レビューの面白さだと思うのです。
→本田みちよ氏〜情熱の音楽家〜