日食なつこ『white frost』
上田正樹『悲しい色やね』
時速36km
『クソッタレ共に愛を』
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時速36kmってどのくらいの速度なんだろうか。マラソン選手としてならぶっちぎりの世界最高新記録をだして今後300年は抜かれることがないスピードだが、モーターサイクルに乗るのであれば原チャリでさえ速度制限にひっかからない程度でしかない。そんな名前のバンドが歌うラブソング。えっ、ラブソングじゃないって? いやこれはどこからどうみてもラブソングじゃないか。
聴いていて「正しい手順できっと大人になって行くクソッタレ共に」という歌詞が突き刺さる。正しい手順でってなんだろうか。じゃあ正しくない手順っていうのもあるのか。正しくない手順で大人になった人は、誰かから正しくない大人といわれなければならないのだろうか。それとも大人になったとはみなされないのだろうか。そんな正しさがある社会というのは、誰にとって居心地のいい社会なのだろうか。
それなりに偏差値の高い学校を出て。会わなくなってもう30年以上も経過した昔の知人同士をSNSが結びつけて。それぞれがそれぞれの暮らしをしている断片を覗き見るようなことが日々淡々と行なわれていて。彼らの暮らしは正しい手順の果ての大人の暮らしなのだろうか。正しい手順で大人になり、子供がいる場合はまた正しい手順で大人にならせようと躍起になるかつての子供がいる。まるで正しい手順で大人にならなければ人生が無になると思い込んでいるかのよう。その再生産は本当に正しいのか。そして本当に幸せに繋がるのか。断片のように見えてくる彼らの暮らしもやはり断片でしかないのであって、その向う側にとても公開など出来ないような苦悩もあるだろうし、同時に公開すると嫉妬を買うような幸せの絶頂もあるだろう。そもそも、断片であっても公開できる要素がなくてSNSに登録していない大人もいるだろうし、幸せに浸りすぎててSNSなんてやってるヒマがない大人もいるだろうし。
自分はどうなのだろうか。振り返ってもよくわからない。今の自分を幸せだと思ってはいるが、それが正しい手順の果てに獲得した幸せなのかといわれると違うように思うし、じゃあ正しい手順を完全否定できるほどの反骨の精神も持ち合わせていないし。そもそも正しい手順っていったい何なんだよと言われたら答えに窮するのは確実であって。
時速36kmのこの歌は、正しい手順なんてものにこだわる必要など無いよと言っているのではないだろうか。バカな頭で、不甲斐なさにやりきれなくなる。それはきっと、「正しい手順」で大人になった人もそうだ。正しい手順でと思って今がある人はそれにしがみつくしか無くなる。そうすると問題に打ちのめされた時に、しがみついていた正しさの脆さに呆然として立ち上がれなくなる。それはまるで懸命に疾走していたはずなのに原チャリにさえ勝つことのできないトップランナーの哀れさのようだ。頑張ったところで、正しさにしがみついたところで、到達のできない境地というのはあるのであって、それが誰もが秘めている夢なのだろう。夢は夢として持ち、現実は現実として受け止める。それこそがロックンロールなんだよと教えてくれているようで、この「まだ俺になる前の俺」でしかない若いバンドがとても頼もしく見える。
(2018.12.14)
(レビュアー:大島栄二)
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