Al Green『How Can You Mend a Broken Heart』
Danny Brown『Pneumonia』
Meme
『Machloop』
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紅茶に浸したマドレーヌの香りが鼻腔に届いた瞬間に、幼少の頃の記憶が溢れてフラッシュバックを起こす、との状態性は小説家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の求心性を増していたが、なにかの香りで初恋を想い出したり、悲しみが胸を一杯にさせたりというのはあって、そういえば、雨の電車内のあの匂いが苦手な女性が居た。彼女が言うには「まとわりついてくる感じが、スライムに似ていて。」というのもスライムという玩具の比喩感覚が面白くも、決して目に見えるところからばかり香りは漂ってくるばかりではなく、皮膚に、五感に、感情の中にある嗅覚が増幅させることもあると思う。秋に、金木犀が生い茂っている通りを歩くと、その過度な金木犀特有の香りになぜか季節感を錯誤することがある。秋を感じさせてくれるようで、秋という季節に追いついた感じのしない空模様、天気。ただ、いつも秋を体感してきたか、というと、それこそ「失われた時」の入れ子細工みたくなってしまう。無菌化されてゆく社会で、それこそ香りはまたひとつ役割を失うようで、新たな香りが幻影化させてゆくのかもしれない。
彼らの音を聴いたとき、不思議なもので、端々からいい香りがするな、と思った。例えば、夕方どきの各家、部屋から香るカレーやシチュー、様ざまな夕食のような、また、区画整備で全く昔の雰囲気が無くなった場所での面影のような、自転車で坂道を駆け下りるときの風邪の流れのような。総て曖昧なようで、形があって、香りの中に人々の生活が混線していた。混線していたからといって、醤油や調味料がなくなったら、隣家に借りるくらいの道はあったくらいの―。
Memeは三人からなるバンドだが、商用スタジオを用いず、廃校になった小学校等で録音している。そういえば、昨今、廃校、潰れてしまった小さい施設は再利用の機運がある。時代の流れで、もうずっと残ってい続けられる場所の方が難しく、統廃合されて、元に何があったか忘れられて、その統合した場所も寂れて、いずれ別のスマートシティとして再蘇生するのは一部にすぎず、放って置かれたまま、歴史も人も移ろう。
谷間を抜けて行く飛行機雲を追った
ふたりを追いかけて走る山道
窓辺の写真より鮮やかに覚えてる、
止まらない鼓動、笑顔と毎日の出来事
(「Machloop」)
柔らかく震えるような不思議なボーカルの中澤慶介が自在に情景描写を泳ぎ、反復、ミニマルなサウンドの中でカセットテープが何度か巻き戻されたり詰まったりするようなサイケで優しい音空間にさっき聴いたフレーズがまた一瞬、よぎったり、白昼夢の中でこの曲も消える。そこには、フィッシュマンズやキセルなどの片鱗を想い出す人もいるかもしれない。今の人たちならば、アナログ・レコードが不意に軋む瞬間なども。
白昼夢といえば、先ごろ
Wall Street Journalで“人々が白昼夢や空想、過去の回想、未来の想像にふけっているときにデフォルトネットワークは起動する。”という記事
を読んだのを想い出す。その記事には脳内のとりとめなさについて触れながら、危惧についても示している。Memeの音楽もそういうデフォルトと似ていて、或る時に聴いていると心地良くて、或る時には不穏さをおぼえたりする。
ただ、それだけ彼らの音楽の遠心力の中に聴覚などのみならず、嗅覚を刺激させる未完性を感じるという意味で、非常に今後もマイペースにかつ芳醇に音楽を薫らせてほしいと願う。
(2016.12.13)
(レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
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