アイルランドのシンガー、リサ・ハニガンの新譜が出て懐かしい思い。相変わらず良い。この人の歌には素朴かつ懐かしい何かが常に漂っていて、でもその懐かしい何かには永遠に手が届かない儚さがつきまとう。新譜にも含まれている「Ora」にもそのテイストは端的に現れていて、ホームに帰ろうとしているのに漂流している情景が皮肉にも優しく歌われている。Come with me? と言われても、あなたも辿り着けずに漂流しているのではないですかと聞きかえしたくなる。だが、ホームに辿り着けない漂流中の身であっても、いつかは辿り着くんだという信仰にも似た確信が無ければ、誰が明るく生き続けていけるのだろうか。すべての希望は不安を払拭するためにある。結果のためではなく、今の安息のために。
彼女の少し前の曲にはその名も「Home」という曲があって、その中で「Home so far from home, So far to go」という一節がある。正直、直訳してどういう意味なのかよくわからない。だがその他の歌詞を汲み取って勝手に解釈すれば、それはやはりHomeというものへの憧れなのだろう。Homeは正しくある場所で、そんなところはもうどこにもないのに求めたがる。正しくあろうとすることを求めれば、今の自分は一体なんなのかと行き場のない自己嫌悪に苛まれる。Homeはどこかにある具体的な地名などではなく、理想郷のようなもので、求むれど叶わず、ただ赦しを請うばかりというような。
そんな彼女の曲の中で1番好きなのはこの曲。Boyと呼びかけるので息子だろうか、その旅が安全であることを願い、危険なことはやめなさい、ちゃんと野菜を食べなさいと呼びかける。すべては死なないために。死なないというのが母親の究極の願いなのだろう。それは普遍的な願いなのだろう。母親のそういう願いひとつひとつが「正しい」のであれば、人はやがて必ず正しくある道から外れていく。その正しさに戻ることは叶わなくなる。旅とはいずれHomeに帰ってくる一時的な旅行ではなく、帰ってくることなく自分の人生という旅に出ることそのものなのだろう。その先にHomeはあるのか。誰もが人生を彷徨っている。