米須昌代『やわらかな風に吹かれて』
クラムボン『yet』
SAYCET
『MIRAGES』
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エレクトロニカ、IDMという音楽は、00年代に入り、一時期は粗製濫造のように、例えば、レコード・ショップのコーナーに溢れていた。しかも、ジャケットは風景写真でアーティスト名も小さく書かれていたり、匿名性をむしろ、是とするようなところもあり、ただ、ポスト・クラシカルやポスト・ミニマルといった音楽の中でも突出したハウシュカ、ヨハン・ヨハンソン、コリーンなどのサウンド・コンポーザーはポップに、シンフォニックに、またはオルタナティヴになっていったのと同じくして、このフランスのピエール・ルフェブによるプロジェクト、SAYCET(セイセット)も当初はボーズ・オブ・カナダやムームなどが引き合いに出されながら、独自の美学を突き詰めていった。幻惑的で美麗なサウンドスケープにファン・ソムサヴァットの蠱惑的な声が合わさった、どこか幽玄的で彼岸的な空気感は多くの人たちを魅了した。
このセイセットとしては実に4年振りとなるこの新作『Mirage』では、過去よりドラマティックにスケール感が増しているが、元来のチャームである繊細で優美な細部への音響面へのこだわりは変わらず、いや、より深く意識が向けられているといえるかもしれない。イージーリスニング的に聴こうとすると、その細部の変則的なリズムや電子音が揺らぎ、ヘッド・ミュージックとして対峙すると、トリップ感とともにミュジーク・コンクレート的な側面も感応できる。どこか作品を通じて、無機的な上品さを筆者は感じたのだが、今作の着想のひとつに近代建築家のル・コルビジェのユニテ・ダビタシオンがあるとの背景を聞いて得心する部分があった。
ユニテ・ダビタシオン(Unite d’ Habitation)―つまり、「居住単位」の意。著名なのは1953年に竣工のマルセイユの郊外に建つ中間層向けの公営高層集合住宅だろうか。多くのメゾネット型住戸、商業施設、幼稚園、屋上庭園に、プールまである近代における高層建築、マンションのロールモデルともいえる在り方。実際に、どこかのユニテ・ダビタシオンを観たり、中に泊まったり、入ったことがある人なら分かるだろうが、とても機能的でモダンなフォルムを持っている。ただ、その“モダンネス”は旧きよき何かへの距離感とともに、現在から遡求されるべき、それこそ蜃気楼のような様相も孕む。アルバムでは彩味溢れる小品「Quiet Days」、キュートなエレクトロニカ「City Radieuse」がその曲名の含意どおり、総体の『Mirage』を平面的にではなく、奥行きのある立体的な拡がりをもたらせている。この新しい春の上で、彼らの音とともに微睡んでみるのもいいのではないだろうか。
(2014.4.3)
(レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
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