横山剣『タイガー&ドラゴン』
【彼こそが平成の演歌歌手なのではないか、もう令和だけれど】
Bank Bandの野外フェスにゲスト出演した際の映像。こんな太陽の下がなんと似合わないんだろうか横山剣。しかしこういうバンドメンバーにも大観衆にも臆することなく、臆するどころか自分こそこの日の主役といわんばかりの雰囲気に巻き込んでしまうのはさすがだ。聴いていてあらためて思うのは、彼こそが平成の演歌歌手なのではないかということ。もう令和だけれど。いやもちろん演歌歌手じゃないし、そんなことはわかっているんだけれど、歌も存在も演歌的。それは僕自身が演歌というものをどういう風に考えているのかによるのだろう。演歌とは裏街道の寂しい心模様を歌で表現するアーチストみたいなもので、それを表現する人自身に寂しい心模様がなければ、そんな表現など出来るわけがないじゃないかと思ったりする。
それは例えば北島三郎あたりも若い頃には酒場で流しをやっていたとか、昔の芸能界はヤクザによって牛耳られていたとか、そんなのちゃんと確認したわけじゃないし噂や雰囲気でしかないわけだけれど、歌を聴くというのは学問じゃないので、そういう噂や雰囲気を背景にいろいろなことを感じるのだから、やはりそういうことで判断しても完全にダメということではないのだろう。その流しから叩き上げた北島三郎が演歌の世界をきちんとしたビジネスにして、可能な限りクリーンなものに仕立て上げて。そのクリーンなビジネスの中で頭角を現す若い演歌歌手には演歌ビジネスのヒエラルキーに従って活動しているような匂いが感じられて、まるで大手企業に勤めるサラリーマンのような印象を持ってしまう。30年くらい前は全国のレコード店にレーベルセールスマンが足しげく通って商売をしていて、地元の道楽ジイさん店主に気に入ってもらおうとして、その町内の夏祭りなどに演歌歌手をキャンペーンで派遣しますよなんて営業もやってて。店主は町内会で演歌歌手を連れてくる実力者として良い顔できるし、そういう駅前ステージでのキャンペーンにまわって、行くついでに昼も夜もカラオケスナック営業に出向いてはカラオケ入りカセットを大量に手売りするとか、今のインディーズロックバンドも絶対にやらないようなキャンペーン(?)を無名な演歌歌手はやっていたものだ。そういうの、今もやってるんだろうか。駅前の演歌主力のレコード店など壊滅しているだろうし、カラオケだってスナックなどもう青息吐息だろう。そもそもカセットどころかCDシングルさえ流せる機械はもうないよ。
話がずれたし、そもそも横山剣が昔ながらの演歌歌手のようなドサ回りをやっているとかいう話じゃないけど、システムの中でクリーンにオヤジのいう通りに歌を歌うお仕事に勤しんでいる演歌歌手よりも、よほど影を抱えた雰囲気を持っていて、聴いていると哀愁にどっぷりと浸らせてくれる、ああ、平成のド演歌だなあと感じずにはいられない。「貸した金のことなどどうでもいいから」聞いて欲しい「俺の話」を、5分聞けと言ってたのが次第に2分聞いてくれみたいになってるし、しかも金貸した相手に。2分で一体どれだけの本当の話ができるというんだろうか。本当の話をこいつだけに話そうという相手にさえ2分聞いてもらうことが難しいなんて、じゃあ話をすることができる相手などいないのではないのか。哀しい。哀愁だ。ぜんぜん「イイね」じゃない。そんな誰とも話ができない人が数万の聴衆を相手にトークしたりしている。めっちゃ哀しい。
(※2021.7.23.時点で動画が再生できなくなっているのを確認しました。レビュー文面のみ残しておきます。)
(2020.7.25) (レビュアー:大島栄二)