the peggies『weekend』
【何かを持っている存在が平均的な若者の姿を目指していった結果どこに行きつくのか】
なんだろう垢抜けちゃって。2016年にレビューした 『LOVE TRIP』で見せていた垢抜けなさと、それ故のパワフルさとインパクトがあって、すごいなと思った。それに対してこの曲の垢抜け具合。洗練されているといってもいいのかもしれない。4年間での成長がそのまま洗練という形で現れているのか。フロント2人のギターとベースを抱えて演奏している姿もめっちゃ背が高い。背が高いのは高いヒールでも履いているのだろうと思ってたら、途中でカメラに向かってキックをするカットがあって、靴底は完全にスニーカー。厚底スニーカーなのか? しかし厚底スニーカーでそんなに背が高い印象になるとも思えず、だいいち、演奏シーンのほとんどは膝上のカットじゃないか。結局メイクや服装や照明や成長による体型の変化など様々な要因でそう見えているだけなのだろう。しかし歌声はかなり刺々しさを消し去ることに成功し、そこそこのボイトレを経てきたんだろうということは想像がつく。そういう洗練は、はたして彼女たちにとって必要なことだったんだろうか。有益だったんだろうか。例えば同時代のガールズバンドとしてSHISHAMOがいるが、彼女たちの垢抜けなさ。垢抜けないというのか、もちろん成長してるしどんどん良くなっているんだけれど、その成長の方向がthe peggiesとはまったく違ったベクトルだと思う。SHISHAMOがただそこにある自分のダメなところにそのままよりそって、肯定するというところをひたすら驀進しているのに対し、the peggiesはダメなところを一旦認めつつ、それを克服する方向に向かおうとする気持ちを、しかし精神的な超人のようにではなく、普通の人が目指すちょっと先を実現しようとする些細な前進のような洗練方向を表現しているようだ。それはまるでほとんどの若者が流行のファッションを競うように身にまとい、就職といえばリクルートスーツで身を固め、結果的に突出する個ではなくなっていくことの美学のようでもあり、とても興味深い。
凡庸なバンドが平均的な若者の姿を目指して、当然のように平均的な何かになっていくのは当たり前すぎて面白くもなんともないのだけれど、the peggiesのように最初から突出した何かを持っている存在が平均的な若者の姿を目指していった結果どこに行きつくのか。それを考えるととても興味深い。このMVの中で演奏シーンで見せる姿と、ソファに座っていたり、曲終わりにバイクに乗っている姿とのギャップの中に、その行き着く先の方向性をなんとなく感じられるような気もして、ますますこれからの成長から目が離せないバンドだなあと思わされる。
(2020.7.11) (レビュアー:大島栄二)