SASORI『Silver topaz』【それを求めているのにそんなモノはあるわけないと思い込んでいた音楽】
いかにもな南国のリゾートを演出すれば、それはリゾートな曲になるさ。それは休みをとって沖縄でもハワイでも行けばくつろげるのと同じで。しかし問題はそう簡単にリゾート地になど行けないということ。行けなかったら、そんな気分になれやしない。でも、そうか。行けなくともくつろいだ気分になれるだろう。そしてそんな気分にさせてやることが音楽のひとつの役割なんじゃないのか。
多くの人が現実を生きていて、現実の中にも非現実な何かを求めている。それは現実だけの24時間は余りにも過酷だからだ。やりたいことだけ一心不乱にやってればいいのなら過酷さに気づくこともないだろう。しかし、そんな幸運は一握りのクレイジーな奴らだけで、99.9%の人たちは現実の中にちょっとだけのくつろぎを欲している。それは癒しともいうだろうし、なぐさめともいうだろう。
なぐさめられたい。なぐさめられたい。
そんな時に、リアルに楽園の様子を語られればどうだろう。それはあちらの世界のことですよね、だからこちらは結構残念ですよねと、かえって現実に直面させられることになる。あちらの楽園に没頭できるならいいけれど、そんなトリップ状態はなかなか得られない。だから、願わくばこちらの世界にも楽園はあると、誰かに断言してもらいたいのだ。そんな音楽を奏でてもらいたいのだ。
このSASORIというバンドが奏でるこの曲。イントロから何かしらの楽器によるヘビーな音域の音が唸りを立てていて、その中央にドンと鍵盤が響く。このバランスが絶妙で、とてもこの世の音とは思えない。そこから展開する歌詞の絶望的な単語の積み重ね。投げやりな感じのボーカルには丁寧さがまるでなく、だが、だからこその現実感が、こちらの世界の何かだという実感を与えてくれる。けっして遠くの美しい安らかさなどではない、今この世界に同時に生きている何かだと感じさせてくれる。MVに映されるのはなんということのない生活感に満ちた隅っこの光景。そこに流れるこの曲、この歌。とてもイイ。イイよ。「朝が来れば仕事だし/腹は減るし眠いよな」という3:33あたりのサビ(?)後の声の伸び。尋常じゃない声の伸びだと思ったら聴こえてくる鍵盤。心地良い楽園感に満ちた鍵盤。これこそこちらの世界のささやかな楽園だ。不思議だ。それを求めているのにそんなモノはあるわけないと思い込んでいた音楽が、ここにある。静止画だけが並べられているMVだけれど、良い音楽があれば動画などなんだっていいんだな。そんなことを実感させられた。そんなMVがまだ再生回数3ケタだなんて。もったいないな。こういう曲こそ取り上げて、みんなに聴いてもらいたいよな。
(2020.7.7) (レビュアー:大島栄二)