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コスモス鉄道『日の入り』【こういう音楽に耳を傾ける時間が出来たことは、人生にとって悪いことであるはずがないだろう】

浮世離れした何か、というものはある。たしかに存在している。この曲も、そんなもののひとつだ。

最近のコロナ騒動で、いや確かに困った状況だし、街でお店を経営している人たちの経費が払えないんだよという苦悩が毎日のように報じられていて、もちろんそれは氷山の一角であって、メディアには出てこない多くの経営者が日々の家賃に喘いでいる。そんなのは政府が即座に肩代わりすれば乗り切ることができる話なのだが、払いたくないのか、即座に払う能力がないのか、よくわからないけれども結果的に払われてないので多くの経営者が困り果てる。困り果てたからといってテナントのオーナーに対して「払わねえぞ」と開き直ればいいものの、なんだろう、そこに上下関係があるのか、それはなかなかいわずに、営業自粛によってすることが無くなった従業員に「給料減らすからな」とか「解雇するよ」とか言っちゃってしまう。追いつめられた経営者だからやむを得ないと言ってしまえばそれまでだけれども、やむを得ないからといって減給されたり解雇された人にも生活はあるのであって、収入が失われたら明日の食べ物にも困るようになっていく。だが、不動産を持っている者は退去は5ヶ月前に申し出なきゃならないという条項を契約を盾に頑として譲らず、経営者は黙って家賃を払いながら人件費カットで耐え忍ぼうとして、人件費カットの対象にされた労働者は路頭に迷う不安の中で家族に暴力を振るうことになる。家族に暴力を振るえない人は自分自身を追いつめるか、ネット上で匿名の暴言を吐くようになる。なんだろうこの弱い者イジメの連鎖は、と悲しくなっていく。もちろん、テナントのオーナーだって、ビルを建てるのに銀行から借金をしているのだから、借り主に恩情をかけて家賃を待ってあげれば自分がそのビルを取り上げられて多額の借金だけを抱えてしまうことになる。もう、がんじがらめの弱い者イジメ社会ですよ。いや、誰が強い者で誰が弱い者なのかもよくわからないけれども。

しかし、ウィルス騒動さえ無ければ、レストランを数件経営している経営者はブイブイいわせて肩で風を切っていたのだし、不動産オーナーは他人が払う家賃で不動産を自分のものにしていったのだし、そのことは忘れてはいけない。そのイケイケな状態には必ずリスクがあって、そのリスクが今回現実になっただけのこと。だから一旦撤退してご破算にして多少の負債を抱えつつも捲土重来すればいいのではという声も聞こえてくるけど、じゃあ昨年末の状態に戻すために、マイナスの状態からどのくらいの期間と努力をすればいいのかなど誰にもわからず、その何年かかるかもわからないような努力を再びやるだけの根性と体力と余命が自分に残っているのだろうかとか、それだけの苦労をして辿り着いた半年前の状態に到達したとして、また今回のウィルスのような逆風に晒されないという保証などどこにもなく。だとしたら何のためにその苦労をここから覚悟しなきゃいけないのか。ああ無情。

そういう絶望の果てのような気持ちに苛まれる時、こんな浮世離れした曲に出会うというのは悪くない。この曲の全体を通して流れるゆったりとしたテンポとメロディ。歌われている歌詞の前向き感の無さ。前向き感が無いからといってけっして後ろ向きでもない。曲のタイトルでもある「日の入り」が、暗くなっていくときだからといって後ろ向きなのかというとそうでもなく、同じように日の出が前向きなのかというとそうでもなく。単に太陽が東の空から出てきて、西の空に沈んでいくだけのことで、そんなのは単なる自然現象に過ぎない、毎日起こる日常の風景。こういうなんということのない光景を見て、観察してそのことを歌にする。それは日々の仕事や暮らしに追われていたのでは不可能なこと。飛行機で目的地に行くのなら絶対に見えない光景を、各駅停車の電車の車窓からなら見えるし、自転車で、徒歩で街を巡れば見えてくるものもあるわけで、これまで急ぐように追われるように生きてきたのであれば、そのスピードから自ら降りたり、強制的に降ろされたりして仕方なくかもしれないけれど、これまで見ることさえなかった何かを見る人生が始まったと思えば、そんなに悪くないのではないだろうか。

思えば、売れないミュージシャンというのはそんな急行では見えない何かをずっと見てきた先達のようなものだ。売れないミュージシャンなんてやってて生きていけるはずはないだろうと多くの優等生は思ってきただろうし、教育ママから諭されてもきただろう。だが、売れないミュージシャンというのは無数にいて、そういう無数の人たちも意外とちゃんと生きているのだ。そして忙しい人たちが見たことの無い美しいもの輝けるものに気づいて、売れない人生を豊かにしてきたのだ。その一端に触れられるのであれば、こういう音楽に耳を傾ける時間が出来たことは、人生にとって悪いことであるはずがないだろう。

(2020.5.26) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl