あいみょん『さよならの今日に』【驚くほど起伏の無い曲に、今の彼女の立っている地点を知らされる】
この曲の起伏の無さに驚く。あいみょんだ。シンガーとしては今の時点でトップクラスの知名度と人気を誇る人だ。そういう人の歌う歌で、タイアップ必至の曲で、この起伏の無さ。その起伏の無さが、今の彼女の実力のほどを物語っている。
まだまだ無名のこれから売り出そうというアーチストが満を持して出すデビュー曲でこの選曲はないだろう。売り出すにあたって、自らもスタッフも不安だし、どんなものでも自分の武器に迎え入れて新しい世界に乗り出したいと思う。キャッチーな楽曲。1回耳にしただけで記憶に残るような楽曲を手にできたら最高だ。その他にもいろいろ欲しい。いいルックスはどうだろう。顔を変えられない以上髪型や髪の色を変えてみるのもいい。タイアップ、イイね。使ってくれる企業様があるならどんな商品だっていいよ。場合によっては敢えてスキャンダルを捏造することさえあるだろう。そうでもして、売り出したいのだ。誰かの記憶に残りたいのだ。
しかし、この曲。曲だけみれば実に地味。どこかの居酒屋でBGMに流れてきたとして、それが無名の新人の歌唱だったら流れていることさえ気づかないかもしれない。良い曲だ。良い曲なのは何回も聴けばすぐに理解できる。しかしたった1度きり意識も止めないBGMで訴求できるのかといわれればまったく自信が無い。それほどに起伏を持たないメロディだ。
そうじゃないよという反論はあるだろう。では、この曲の中で15秒を切り取るとしたらどこなんだ。反論するあなたが真っ先に記憶している歌詞はどこなのか。その答えが100人が100人同じ部分になるという自信はあるか。僕にはない。多分あなたにもないだろう。
そう、この曲を何度か聴いて、残っているのはあいみょんの存在感だ。あいみょんが強い気持ちを歌にしている。そのことがただただ残る。そのことに気づいた時に、あいみょんというシンガーが2020年の今現在において立っている地点のもの凄さを思い知る。楽曲を、アーチストを、知らせるために必要な武器などなくて、むしろ余計な何かが付随することが、アーチストそのものの価値を理解する上で妨げにさえなるのかもしれない。そんなパワーに満ちたシンガーだからこそ、この地味ながらも力強い楽曲を御せるのだろう、そんなことを考えることなく、あいみょんだから何度もこの起伏の無い曲を何度も聴き返せるのだろう。
(2020.5.16) (レビュアー:大島栄二)