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Tycho『Weather』【壮年になったスコットの意思が今、より反映された滋味を感じる】

表象と、例えば、作者の政治性や思想はまったくの別物だ、という極端な意見があるとして、純度100%の表象とはあり得ないのと同じくして、ナイーヴに重箱の隅をつつくようにようにして、種明かし、パーソナリティーと表現の紐づけを過度にステロタイプに行なってしまう観衆側の行為の暴走もときに恐ろしさをおぼえる。近代以降、ロラン・バルトの「作者の死」をして、多様な賢明な読者による飽和状態の内側、表現そのものが窮屈に、また、野蛮になっているのか、その杞憂の線引きも持ってしまうほどに。

どんな静かで平和に思える場でも、今や世界中で天変地異や異様な事象が増すことに看過はできず、そこにどこまで自覚的になることと、また、自分の様態に意識裡になった上で自粛し過ぎないこと、知性とダンスの振り幅こそがより重要にさえ感じる。

サンフランシスコを拠点とするスコット・ハンセンを中心としたプロジェクト、Tycho(ティコ)はこれまで作品を重ねるごとにエレガントなエレクトロニカ、ポストロックの中に、聴き手を陶然とさせるようなサウンド・センスが評価されていきながら、近年はより重きを置いていたライヴではバンド編成の下、ロックでトランシーな展開を繰り広げたり、と多くのファンを魅了してきた。

ただ、昨年の『Weather』では、シンガーが招かれて、ボーカル・アルバムとなり、少し戸惑いもおぼえた人たちもいたようだが、この新作『Simulcast』は『Weather』との双子の関係にあり、静謐なインストゥルメンタル作品となっており、ライヴ、ダンス感のあるティコに多大に求める何かとは違った整った印象を持つかもしれない。しかし、そもそも、『Weather』ではボーカルと歌詞によって音楽の人間味を追求したという試行があったからこそ、そのアナザーストーリーとして音そのものから浮かびたつ人間的な色彩を大切にしたかに思える今作はまた異なるものとして、必然的な深化の過程を一作品の中でじっくり聴ける。ダンサブルなエッセンスは後景化し、音響彫刻のような趣きが強くなり、基調はアンビエントで、なめらかで肌理細やかなサウンド・テクスチュアと電子音の機微にはやはり唸らされる。

確実にキャリアを積み上げてきて、壮年になったスコットの生身の創作者としての意思が今、より反映された滋味を感じる佳作だと思う。このMVもとても良い。

(2020.3.24) (レビュアー:松浦達)


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review, 松浦達

Posted by musipl