シリカ『拝啓、或る夕焼けに』
【なんかそういうがむしゃらさ、止まらねえぜ的な勢い】
音楽を聴いていて、いくつもの要素が複合して「凄いな」という感動が生まれるのだけれど、その中のひとつに勢いというものがある。言葉にすれば簡単なのだけれど、一言で勢いといっても単純な話ではない。大きな音を鳴らせばいいのか。演奏速度を速めればいいのか。そんなことで解決するくらいなら楽だ。一時期EDMが流行ったころにBPM競争というものがあった。BPMとは「Beats Per Minute」の頭文字を取ったもので、1分間にどのくらいビートを刻むかということを示す数値。この値が大きければ大きいほど曲のテンポは速くなる。コンピューターに演奏させればどこまでも速い楽曲を表現することは可能。だが実際にコンピューターが生み出すテンポに合わせて演奏しようとすればギタリストの手元は超人的な動きをしなければいけなくなったりする。そこに感情を込めることはできるのか。できるのかどうかはともかく、見てて痛々しい気持ちになったし、めちゃ速いビートに乗って踊らされるリスナーもたまったものじゃない。
話が逸れたが、ただただ速ければ良いというものじゃない音楽の勢い問題で、理由はよくわからないまでも、このシリカによるこの曲にはとても勢いがある。ひとつには、AメロBメロサビといった基本パターンを超えた曲の全編で高いテンションを維持しているということが挙げられるんじゃないだろうか。どこか郊外の道路脇に楽器をセットして演奏をしている。ほとんど人も車も通ることのなさそうな道路で演奏を始めて、一気に撮影してしまおうという意図が少々感じられる。夕暮れ時は陽が暮れるのも速く、何度も撮り直しをしていたのでは光景も光量も別モノになってしまう。だからほとんど1発撮りだろうと思われるこのMVで、どういうわけか自転車が2台彼らの前を申し訳なさそうに通り過ぎる。他に道は無いのだろうし、いつまで待てばいいのかもわからないし、彼らには彼らの予定もあるだろうし、だから、通り過ぎる。だからといって演奏や撮影を止めるわけにもいかず、最初に決めた通り演奏をやり通す。なんかそういうがむしゃらさ、止まらねえぜ的なところにも、勢いを感じたりするのだろうか。
実は長い活動歴を持つ彼ら。2011年のリリース以来長い沈黙を破り今年再始動したという。一度活動を止めたバンドは、メンバー個々の活動が始まっているわけで、再始動といっても簡単にできることではない。この曲に現れている説明不能の勢いで、再びの歩みを突き進んでいって欲しい。
(2019.11.21) (レビュアー:大島栄二)