ナミオカコウタロウ『旅の途中』
【旅の途中で泣いたり笑ったりして】
特に計画をしていない旅に出るというのは勇気の要るものだ。やったことのない人には。しかしやったことのある人にとってはそんなのなんでもないことで、むしろ計画をガチガチにした旅なんて息苦しいことこの上ないだろう。例えば海外に旅して、バックパッカーとして帰国する日さえ決めずに現地をうろつく。泊まる場所も決まってないから夕方近くになればどうしようかと考え始めたりする。そんな風に毎日寝床の心配をするくらいなら出発前に全行程のホテルを予約しておけばいいじゃないかと思う人もいるだろうけれど、そんなことをしたら必ずそこに行かなきゃいけないわけで、毎日夕方近くにはそこに行く算段を考えるのだから、結局は同じことじゃんという理屈だってある。アメリカでレンタカーを借りてずっとドライブをしながら旅をすると、道中のどこかの街でモーテルを探して空室を探す。その日どこまで行けるのか、だいたいは考えてるけれど、その通りになど行かないことも多くて。そこがどこなのやらよくわからない場所でハイウェイを降り、安宿を探すのも悪くないし、そんな田舎町の風景がずっと記憶に焼き付くことだってある。
10日程度の旅だってそうなのだから、人生を旅に例えた場合に、いったいどこまでその行程を決めて生きていくべきなのかなんてもう途方もつかない。体験したことはできそうな気にもなるもので、このMVの中でナミオカコウタロウはギターを背負って歌の旅をしている。ミュージシャンが歌いながら地方をまわる、いわゆるツアー活動だが、それをしたことのないミュージシャンにとって、まずツアーに行こうと決心することが大きなハードルだったりする。だって、その間の仕事はどうするのか、旅費はどうするのか、などなど考えると無理なんじゃないかと感じてしまう。無理もない。だから最初は2泊3日程度のツアーに出る。それなら週末に毛が生えた程度のチャレンジで済むから。そうしてツアーを始めてしまうと、2泊3日が1週間になり、2週間になり、1ヶ月になっていく。やってみれば、意外にできたりするものなのだ。1ヶ月働かないってどんなことだよ。そのためにどれだけ生活を切り詰めて貯金をしなきゃいけないんだよ。最初はそう思うけれど、やりはじめたら結構なんとかなる。なんとかなることと、ツアーによってそのミュージシャンの知名度がアップするかどうかは全く別モノなんだけれども。
このMVを見ていて、冒頭で自転車のカゴとか言ってるから、おっ、自転車でツアーに出るんか、それは大変なことだなと思ってたらいきなり空港のシーンだし、車で移動してるし、裏切られた!って思ったけれども、別に自転車で苦労する必要なんて無いんだよな。曲は浜田省吾の曲を思い浮かべるような軽快さがあって、少しばかり重いテーマでもあるこの曲をとても聴きやすくしてくれている。やってるライブはどれも小さいものだし、それでミュージシャン的なサクセスに近づいているのかという余計な心配はあるけれど、すべてのシーンで彼が楽しそうで、ああ、旅って楽しいものみたいだなという気分にさせてくれる。現状に行き詰まっているすべての人も、このMVを見れば、ちょっと無理目と思われるハードルを超えていってみようかなという気になるんじゃないだろうか。
(2019.9.19) (レビュアー:大島栄二)