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杏沙子『ファーストフライト』【ああ、歌を歌うために口をこんなにも動かすものなのか】

MVの画面に魅入ってしまう。口の動きがめっちゃリアルで、ああ、歌を歌うために口をこんなにも動かすものなのかと驚いてしまう。高速で動くエンジン等のメカを見ている感じ。ちゃんと発音するために口を正確に動かすのは大切なことだし必須のことなのだろうが、あなた口動かしてますかと問いつめたくなるような人はたくさんいる。まだ黎明期のAIロボット(機械の上にラバーの「顔」を被せてあるようなやつ)の方が表情豊かじゃないですかといいたくなるほど顔の筋肉を使わずに話す人も少なくない。いろいろな理由はあるのだろうが、そういう人はコミュニケーションというものにさほど重みを置いていないんじゃないだろうかと思う。相手に伝わるかどうかではなく、とりあえず言ったよということだけが大切なんじゃないだろうかと。

シンガーは表現者なんだから、その辺は重視してるよと考えるのが普通なのだが、じゃあみんなが肉体のすべてを使って表現に取り組んでいるのかというと、うーん、そう思いたいけれど、そうじゃないような気もする。すごくする。この杏沙子という人のこのMVを見ると改めてそう思う。この人の口の動きは一体なんだ。大きく開けるところはちゃんと開ける。だが発音的にそんなに開けない音の部分でも実に細かな動きを見せる。上下の唇を合わせたり離したり、舌を歯に当てたり離したり、その度毎に唇の両サイドが細かに動く。筋肉がそのために震えるように小刻みに動いているのがわかる。カメラが良いのか? 照明が良いのか? それもあるだろう。しかし本人の口や筋肉が動いていなければそんな動きが映像に記録されるはずはない。

声質は少々ハスキーで、さしたる努力もなく普通に歌っていたのでは、彼女の声は明確には聴こえない可能性もある。だが見事に届くし、その届き方は刺さるといっても過言ではないくらいだ。それはやはり彼女の歌を120%出し尽くすんだという意欲と、そのために果敢に動かしている口や筋肉の故なのだろう。美形だし、それだけである程度のファンを獲得することはできるかもしれない。実際に自身のルックスにあぐらをかいているような努力の薄い美形シンガーもたくさんいる。だが、そこから一歩抜け出してさらに多くの幅のファンを獲得するためには、自身を磨き、表現に貪欲になる必要がある。まだデビュー間もない彼女だが、そのための努力を惜しみなく行なってきた跡を感じる。この曲の小刻みに展開していく速い歌詞をこれほどに的確に明確に歌いこなして、魅力としてリスナーの耳に届けられているのは、そのせいだ。YouTubeのコメント欄に並んでいるのはその多くが彼女のルックスではなくて曲についての高い評価。そう、彼女の歌はラジオからでも魅力を伝えることができる種類のものなのだ。

(2019.9.27) (レビュアー:大島栄二)


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Posted by musipl