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フィルフリーク『生きてる』【当たり前に生きるということがどういうことなのかを問うてくる1曲】

当たり前に生きるということがどういうことなのかを問うてくる1曲。「誰か不幸になると自分じゃなくて良かったなんて幸せを感じていた」と歌う。その誰かの不幸はたまたま誰か別の人にあたっただけで、次に自分がそうなったりしないなんてことは誰も断言できない。目の前の誰かの不幸と同じでなくとも、別の形の不幸はいつか必ず自分にも訪れる。そうなるまで自分の幸福に気がつけないなんてなんて愚かなんだと思うが、じゃあ自分は普段からその当たり前に幸せを実感できているのかというと、そうだと言い切れる人もほとんどいないのだろう。

5人組男女混声バンドの熱の入ったMV。HPを見ると関東関西でライブを展開しているもののどのエリアを中心に活動しているとも書いてなく、HPのプロフィール欄には4人分の写真と名前しか表示されてないので、本当に5人組なのかもよくわからず。だが、多分そんなことはどうでもいい情報なのだろう。ギターのリフだけで始まる曲が、最初のフレーズを終えたところで全バンドサウンドが入ってくる。鍵盤の音が軽やかなポップサウンド。女性ボーカルのコーラスのような歌も軽やかで爽やかで、それなのに、曲の全体の印象は鮮烈で深刻で、それは歌詞の持つ重さのようなものの故なのか、それとも男性ボーカルの腹の底から唸るような歌声、例えば2分28秒辺りの「平凡な」というフレーズにみえるような重厚さや、2分43秒辺りの「感謝しなくちゃな」というフレーズのシャウト。この熱さ、懸命さが曲の隅々に浸透していて、曲全体をヘビーなものにさせているのだろう。これで演奏までヘビーだとちょっと救いようのない気分になるかもしれないが、鍵盤を中心とした音作りが軽快なので、適度に訴えかけてくるポップネスとしてこの曲を絶妙な感じで成立させている。秀逸だと思う。

当たり前に生きていることを本当に当たり前なのだと思い込んで、何もしなくてもそれが当たり前のように続いていくと信じきっているのだとしたら、その人は愚か者だ。それは流れてくる秀逸な曲の秀逸さに気付くことなく、喝采も送ることなく聴き流してばかりであれば、やがてその音楽のクリエイターは作ることをやめていくだろう。その時になってから「ああ、解散するのか、残念だった、好きなのに」とSNSで表明したところでもう遅い。同じように、社会で当たり前に得ている自由や権利も、当たり前と思っていたら気がついた時にそれを失っていても何の不思議も無い。その時になって「ああ、不自由になった」と嘆いても、やはり遅いのだろう。

(2019.7.18) (レビュアー:大島栄二)


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review, 大島栄二

Posted by musipl