川本真琴『ドーナッツのリング』
【些細なことの積み重ねで人生は出来ていて、それを退屈だと感じるか満足と感じるかは】
好き嫌いはあるんだと思う。全音楽ファンが圧倒的に支持していたなら消えていったりはしないのだから。もちろんみんなが好きだからといっても、アーチストがその音楽を続けていけないケースは多々あって、スタッフとの軋轢とか、大人の対応ができないとか、いや、そここだわるとこなんみたいなことに誰かがこだわり過ぎてプロジェクトが頓挫するということは頻繁に起こることだ。アーチストといっても人間なのだから、体調その他で中断を余儀なくされたりもするし。それでもあの頃彼女の熱心なファンは多く、音楽業界内にも多く、だからいつの間にか第一線からフェードアウトしていったことは多くの人に残念に思われた。おそらく、玄人好みするアーチストで、ある意味マニアックな支持のされ方だったのかもしれない。妄想の範囲でしかないけれども。
このドーナッツのリング。何も知らずにタイトルから予想すると、ドーナッツの穴にあったものはどこにいったんだろうみたいな童話的な内容なのかと一瞬思うのだけど、聴いてみるとそんな具体的でわかりやすい歌詞ではなく、むしろ断片的な光景や心情をランダムに重ねていて、考えてみればみるほど何を言っているのか何を歌っているのかよくわからなくなる。しかし、彼女の圧倒的で個性的な歌唱力がメロディの秀逸さと重なって、聴いている者の何かを強引に惹き付けて、聴いた後にはなぜだか不思議な満足感に満ちてしまう。それはある意味普通の人の日常生活のようなもので、特に日記に書き留めたいような出来事など起きなくて、些細なことの積み重ねで人生は出来ていて、それを退屈だと感じるか満足と感じるかは、きっと人生を生きている人の「歌唱力」のような怪しげな力によるのだろう。
彼女自身は現在も地道に活動中。今月も関西プチツアーを敢行、ニューアルバムも準備中とのこと。メジャーの第一線とか全音楽ファンとかどうでもいいので、地道であれ着実に活動を続けて欲しいアーチストだ。
(2019.5.25) (レビュアー:大島栄二)