日食なつこ『white frost』
【雪の中の面白い構図の向こうに横たわる、音楽の力への儚い希望】
日食なつこがまた雪深い中でのMVをリリースした。ほぼ2年前にレビューしたログマロープでは雪降る中素手で鍵盤を叩いていた。岩手出身だから寒いのに強いのか、今回は雪原に横たわって歌っている。そんなに厚手の服ではないから、寒さというより冷たさがすぐに身体を包むはず。素手で鍵盤を叩くのもツライが、この服装で雪原に居ることもかなり辛い。この雪原は背景から高い山の、氷河のような場所で、厚手の装備をしても行くだけで辛い。もうそれだけで参りましたという気分になるよ。ぬくぬくとした部屋でMV見ててすみませんみたいな気分になるよ。ならなくてもいいんだろうけれども。
冒頭から横たわる彼女の側面をとらえる映像で、背景の山並みと日食の鼻や口の輪郭が一体となってて絵として面白い。現場で「この角度おもしろいよ〜」というノリでこのシーンを撮ることになったのだろうか、それとも最初からこのシーンを撮りたくてロケハンしたのだろうか。どうでもいいことだし曲とはまったく関係ないんだけれども、こういう絵的な面白さというのはやはりMVの魅力だ。この角度面白いよといわれて従い、自分がどのような構図の中にいるのかよくわからずに雪原に寝そべってただ歌う日食なつこ。現場を想像するだけで面白い。
そんな映像にすっかり気を奪われることに絶えながら曲を聴いていると、日食なつこの独特な社会批判が根底にあることがわかる。社会批判というのはちょっと語弊があるかもしれない。社会という他者に責任を押し付けるような批判をするのではなく、自分も参加する社会とか空間とかすべてへの希望や諦めのようなものがある。誰もが王様になればいいという言葉にも、王様になりたがっている誰かだけを批判するのではなく、そのような社会の一員であることを否定しない、希望のような願い。なりたい者が全員王様になれないのはなりたい者だけの問題ではなく、社会全体が抱える問題なのだ。言葉で書くと堅苦しいし、何をエラそうにという反発も生む。だが音楽に乗せて淡々と歌うことで、論理的な訴えから空気の支配のようなアプローチを生み、聴く者の心にじんわりと広がっていく。論戦などすることなく、この世界がちょっとでも良い方向に向かうにはどうしたらいいのかという難題に、音楽は少しだけ寄与することが出来るのではないかという、これまた儚い希望を持たせてくれそうな気になる、強い歌だ。
(2018.12.13) (レビュアー:大島栄二)