灰色ロジック『知らない街』【ほどよい脳内妄想に身を任せるのが心地良い】
今の自分を取り囲むすべてを捨てて人生をリセットしたい。そんな気持ちになることは誰にでもあるだろう。この曲は曲自体にドラマチックな盛上がりがあるわけでもなく、BGMで流れているだけだったら本当に聴き流してしまうかもしれない。何が歌われているのかもわからずに通り過ぎていくだけなのかもしれない。だが、タイトルで興味を持ち、歌詞をじっくりと見る。歌詞の場合見るといった方がいいのか聴くといった方がいいのか読むの方がいいのかよくわからないが、ともかく歌詞に注目しながら曲を聴く。すべてを捨ててどこか知らない街に行きたいという。いっそのこと誰にも会わずにと願う。それはよくわかる。そういう気持ち、僕にもあるもんな。それなのに、出来れば君をつれて知らない街で暮らしたいという。おいおいそれは勝手だろと心の中の自分が反発している。日常生活を送っている「君」に、その日常生活を捨てろというのだ。それは勝手だろと。すべてを忘れたいのであれば、忘れたい日常の一部である「君」のことも忘れるべきだろと。だが、そもそも完全に今の自分とその周辺の日常を完全に忘れることなどできないのであって、だからこの「今のすべてを捨てて知らない街に行きたい」というのも非現実的な妄想にすぎなくて、その妄想の部分部分に矛盾とか勝手さがあったところで誰が文句を付けられるというのか。そういう無理な妄想を5分ほどすることで、嫌なことから現実逃避できるのであれば、それはそれで悪いことではない。クラスや職場の一番人気の異性が自分を好きになってくれたらなどと妄想することと同じで、実際に行動に移したら大問題に発展してしまうかもしれないことだって、脳内でぼんやり考える範囲であれば、実現可能性ほぼ0%のことだってきっと許される。知らない街で君と暮らして。そういうことを妄想しているこの歌は、じんわりと沁みてくる。
(2018.9.21) (レビュアー:大島栄二)