cinema staff『first song(at the terminal)』【無比なグルーヴに刻まれる滑走と、最終バスという言葉】
かなりの、大きな地震と関連災厄が関西方面でも起きるようになり、その際に、揺れそのものより、交通網、食物への近路、ガス、電気への自身の地域のチェックが真っ先になりながら、それでも、余震の数々に個々の優しさもかどわかされもいる。
歌謡曲の面白さはマスターが意趣深いサンドイッチと紅茶の美味しいお店で、成立するようなところで、そこは星にならずとも、お洒落になれずとも、いつまでも、在り続ける。今夏に日本にいよいよ来るチャンス・ザ・ラッパーのパフォーマンスを観ておくに越したことはないというのは老婆心で、先ごろに、「This Is America」をチャイルディッシュ・ガンビーノがそのステージに急遽、参加したが、「This Is America」という曲そのものが世界の俎上にあげられている。精緻な解釈も細かい文脈もあるにしても。他人は他人に、自分の生きるテリトリーはせめて高貴な沈黙に。分けられているのではなく、分かたれてしまった瀬で、ひとつ区画を越えた誰かの顔色を伺えられなくなって、その分だけ、小さい液晶画面の情報の惨状に降りる。不思議と。Is This Where?
だから、何でも分けすぎなくていいと思う。
ごちゃ混ぜのままの原色の中で浮かぶ声と音に耳を、感覚を、とさえ。
cinema staffとアルカラのスピリットEPからの「first song(at the terminal)」がとても良い。カオティックに悶えるような無比なグルーヴに刻まれる滑走と、最終バスという言葉。ロックンロールに、心身躍る理由の幾つもがここにはある。天変地異も大きな災厄も起きるときほど、振り切るほどのノイズに。ここは今も日本で、温度差の中で在る。
もう、気付いている人たちは気付いている。
(2018.6.30) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))