山口穂乃佳『と。』【女性シンガーはそのひとりの中にもいくつもの側面を同時に持ち得るということ】
女性シンガーは本当に多くて、男性シンガーももちろん多いのだが、女性シンガーは多いよなあというのが個人的な最近の感想で。そして女性シンガーには幅が広いなあという印象があって。ひとつには女性シンガーはそのひとりの中にもいくつもの側面を同時に持ち得るということがあるのだと思います。シンガーというのは社会的にみてスーツを身に纏ったサラリーマンというひとつの社会人スタンダードの枠外にあって、男性シンガーであっても女性シンガーであっても枠外にいるのだから自由であることが許されているのだけれども、男性シンガーの方がより枠外にいるということに囚われているような気がします。自分はアウトローなのだと、枠内の社会人とは違う存在であらねばならぬのだと、そんな肩に入った力を感じることが多いのです。いや、例外もありますけどね。一方女性シンガーはナチュラルにシンガーというスタンスに立つことで、枠外であろうと無かろうと関係ないよねという感じの自由さがあって、それはある意味男性中心社会の反作用なものでもあるので、やがてその違いというものも無くなっていくはずだとは思いますけど、現時点では、幸か不幸か女性シンガーの方に自由度を感じるし、アートとしての可能性もそちらの方にあるだろうし、見てて聴いてて楽しかったりします。いろいろな意味で。山口穂乃佳というシンガーもいろいろな面があるのか、MVとして完成されている『rainyday』では大人の雰囲気と世の中に背を向けた個のような緊張感を発していますが、一方でこのライブ映像では柔らかい笑顔をたたえつつ、言葉と言葉、人と人とがつながることの喜びのようなものを歌っていて、ああ、面白いなあと思います。他にもいくつか映像は公開されていて、そういうのをいくつか眺めて表面的に彼女のことを知ったら、次には実際の彼女の歌を聴きにいったりするのがいいと思います。思いますよ。
(2018.5.8) (レビュアー:大島栄二)