高橋優『素晴らしき日常』
【まだ笑うことはできるかい? まだ歩くことはできるかい?】
高橋優のメガネルックスがシンガーにとってプラスになるのかマイナスになるのかなんて下卑なことをついつい思って以来もう6年。現状から結論すれば、マイナスになんてまったくなりませんでした。それはやはり歌の良さが何より重要ということの証なのかもしれません。この人の歌を批判を恐れずに要約してしまうと、「自分に正直にあれ、そして正直であった結果負けたってそれは負けじゃない」ということでしょうか。世の中には勝ちとか負けとかが溢れてて、そんなことで白黒付けなくても良いじゃないかということまでも勝ち負けになっちゃって、そういうのが生きるのを息苦しくしているんだろうと思うんですけれど、そんなことで苦しく感じなくって良いんだよということを言っているような気がして、その優しさ(別に優しさではないけど)に多くの人がすがろうとしているんじゃないかなあと、だから売れてるんじゃないかなあと、そう思います。80年代には尾崎豊が現れて、校舎の窓ガラスを割れと歌って。それが当時の体制的な窮屈さに対するひとつの抵抗だったんだろうと思うけど、2010年代の抵抗はそうではなく。力でする抵抗ではなくて心でする抵抗として、現状を正しく認識しよう、縛っている社会的価値観って真実なんだろうかと考えてみようと。もちろんすべての曲が同じのわけもないんだけれど、だから当てはまらない曲もたくさんあるけど、底に流れてるものはそういうことじゃないかなあと思います。「完璧なものだけを欲しがっていった始末に完璧じゃない人間を遠ざける人々」と指摘するこの曲の歌詞に、彼を貫いているものがあるような気がして、今もこの曲が彼の代表作、不動のナンバーワンだなあとやはり思うのです。
(2017.10.7) (レビュアー:大島栄二)