福田詠一郎『Start』【この曲はポジティブな印象に満ちている】
この曲は5月25日の緊急事態宣言解除のタイミングで公開されたリリックMV。YouTubeの説明欄には作者のこの期間への想いが綴られている。きっと彼だけじゃなくすべての人がいろいろな想いを抱えていただろうし、表現者として活動する人がこの期間のことを一切無視して創作活動を続けていたのなら、それはもはや同時代に生きる人との心の交流を拒絶していると思われても仕方ない。つまり、この福田詠一郎だけじゃなく様々な人たちがこの期間の想いを歌にしていて、それをたくさん見てきたし聴いてきた。聴かずにいようとしても不可能なくらい、同時代の声は表現されてあふれている。
この曲の中で、「息を止めたって」というフレーズが妙に耳に残った。もしかすると福田氏はそんなに強い何かを込めた部分ではなかったかもしれないが、僕には、そうだよなあ、息を止めろと言われてたようなものだよなあとあらためて思わされたのだ。
誰が悪いというわけではなくて、海外でも多くの人が亡くなったわけで、それを恐れるのは当然のことだし。でも、その影響を誰もが受けた。ライブハウスがクラスターと言われ、ほとんどのミュージシャンが活動の場を失ったし、子どもたちは学びの場を長い間失った。ソーシャルディスタンスといわれたら飲食業の店内営業はやっていられないわけで、たとえ席を少し間引いたところで、回転率とテナントの家賃のバランスを無視した施策の元では利益を上げられるはずもない。そういう不利益状態に追い込まれた人が多数のこの時期。滅入るしやりきれない気持ちにもなる。
そんな歌が、多かったのだ。
そんな中、福田詠一郎のこの歌は妙にポジティブで印象に残る。メロディや演奏全体のトーンもけっして明るいものではないのに、聴いた後の印象はポジティブ。否定的な現状を一旦全部受け止めて、それがあるから次に進むのだ、進めるのだという意欲が滲み出ている。「元の通りにはならない、それはどんな日々も同じ」と彼はいう。コロナ下の現状にみんな不満があって、なんとか元に戻らないのかと思う中、知識人と称する人がメディアで「元に戻るのには数年かかるとか数十年かかるとか言ってて、それを耳にするたびに絶望的な気分にもなるけれど、だからこそ貴重な今を忘れずに覚えていようと福田詠一郎は歌う。そのことが明日へのスタートになるということなのだろう。
元に戻りたいというのは誰もが持つ希望だろう。しかし、元に戻すことだけに躍起になるのではなく、ここから新しい何かに向けてスタートした方が建設的でもある。そんなことを気づかせてくれるから、この曲はポジティブな印象に満ちているのだろう。
(2020.8.6) (レビュアー:大島栄二)