ITAZURA STORE『sen』【必要な音を過不足なく鳴らしてサウンドを構成する、お遊びとは対極にあるポップミュージック】
このふざけたお遊びのような名前のバンドが奏でるポップ。おいおいお遊びなんかじゃないじゃないかこの本格的なポップミュージックは。ボーカルAKANITAの声質がアイドル的なコケティッシュといっていい種類のものなので一瞬若い子のお遊び的な表現だと誤解してしまいそうになるが、高いところから低いところまで広い音域をカバーするボーカル能力は特筆すべきだし、その音域を十分に活かしたメロディのおかげで曲が様々な感情を表現することに成功している。ボーカルとキーボードとドラムという、通常のバンドであれば必須のギターとベースが両方いない構成なのだが、そうなるとキーボードの重要性はとても大きいのだけれど、そんなこと一切気にしないかのような自由な鍵盤も注目ポイントだと思う。聴いていてまったく不足感を感じない完成されたサウンドが主にキーボードによって作られているということにあらためて驚きを覚える。キーボードがメインとなるバンドサウンドを作ろうとするとどうしてもそこにスポットを当てて「ピアノバンド」とか主張したくなるし、主張しなくてもそういうサウンドになっていくものだが、この曲を聴いていてキーボードがボーカルを超えて前に前にという姿勢になっているなどとはまったく感じず、ただ自然にそこにあるかのような佇まいがすごい。この曲ではピアノのような音で一貫しているが、他の曲を聴いてみると曲によってオールドシンセのような音色も駆使していて、曲によって変幻自在に音を操り曲のテイストを生み出している。そしてなによりフレーズがいちいちポップスの歴史を振り返るかのようで、ああ、この人は古今東西のポップミュージックをたくさん聴いてきた人なんだろうなあと思わされる。そこにドラムがスパンスパンと入ってくる。これもドラムの存在を主張することがない。鍵盤が跳ね気味なシャッフル感を持った演奏をしていることで見失いそうになる基本のビートを叩き、全体のリズムを下支えしている。ドラムと鍵盤で必要最小限でありつつもふくよかな音世界を生み出していて、すごいなあこの2人とあらためて感じさせられる。バンドを組む時に何の疑問も持たずにギターとベースをメンバーにして、何の疑問も持たずにやっているからどんな演奏をすればいいのかもわからずにただ鳴らしているだけのギタリストやベーシストが多い中、この2人の必要なサウンドを奏でつつも存在を主張することのない佇まいは、すべてのバンドマンにとって学ぶべき何かがあるような気さえする。
(2020.5.25) (レビュアー:大島栄二)