Apple O’『ハッピー』【その辺に自然にある風景の中に潜んでいる価値ある風景のような音楽】
ポップミュージックって一体なんだろうといつも思ってて、頭の中で漠然とした定義はあるのだけれども言葉でそれをハッキリさせることは出来ていない。でも曲を聴いて「これはポップだ」「これはポップじゃない」と判断することは出来る。Apple O’ の『ハッピー』という曲は、まさにポップだ。藤波ユリのボーカルは舌足らずというか、鼻から抜ける系というか、ボイストレーニングをきちんと受けたようなボーカルとは違って、悪意を持って聴けば「なに言ってるかわからない」という指摘もあるだろうが、僕にはこの声がなんともポップで沁みてくる。夏の午後に時間が空いて、1時間半ほどかければ海辺に行くことができるんだけれどもどうしようという、そんな心持ちを想起させるのだ。海辺特有の甘い匂いが声にまつわりついているようだ。それはどんなに歌唱力があろうと、石川さゆりが熱唱しようと実現することができない、一種究極の表現だ。声なんて個人に固有で換えのきかないものに表現ってどうよという人もいるかもしれないが、訓練によってブラッシュアップできるのが声なら、ブラッシュアップを排してあるがままをそのまま保てるのも声。スマートフォンで写真を撮ってインスタで上げる時にフィルタを駆使すればそれなりに見栄えのする写真にもなるだろうが、敢えてフィルタを掛けずにそのままの写真というのが自然でいいという考え方もある。もちろん何もしないその辺の風景は見るほどの価値も無いかもしれないが、その辺に自然にある風景の中に潜んでいる価値ある風景を、発見して切り出してシャッターを切る。そういうものの中にこそ見るべき写真はあるのではないかと思うし、藤波ユリの歌声というのは、そういう価値を元来持っている、そういう声なのだろうと思う。その声を料理するようにポップに仕上げているバンドの演奏が、MVではとても小さな部屋で肩を寄せあうようにして奏でられている。妙な高名なプロデューサーなどにいろいろと入れ知恵されてスタイリッシュに磨き上げられたりすること無く、自分たちの試行錯誤の中で、ますますその辺にある価値ある風景のような音楽をこれからも作り続けて欲しいよ、みんなで楽しみながら。
(2018.5.17) (レビュアー:大島栄二)