しっぽ『海月』【膝を曲げて手を前に平行にさし出した状態でずっと立っているような歌唱】
誰もがひとつのことを正しいと信じて追求するけれど、その結果すべての人が同じ人になってしまったらどうなんだろうか。そこで全員が正しいと思っていることが本当は正しくなんてまったくなくて、でもみんなが正しいと思えばそれは正しいということになってしまうんだろうか。そのみんなが正しい世界とは別のどこかで、それは正しくなんてないんだよと言われたりしていても、そのことに気付くことはできなかったり。
ESPの学生2人で結成されたこのしっぽというユニット。詳しいことはよくわからないが歌が良い。息を吐くように歌う。その喉には穴があいていて首のどこかから息の何割かが漏れているんじゃないかと思っちゃうほど声を張らない。力を込める歌い方は王道だし、そのための努力というのはわりと簡単にできて、だからある程度のボイトレを受けさえすればほとんどの人が実現できる。ここぞというサビのあたりで思いっきりシャウトすればそれだけで圧倒的な何かというものは叶うので、それに満足しているボーカリストも多い。もちろんそれはそれで素晴らしいのだが、それだけが歌表現の唯一の価値ではない。この歌を何度か繰り返し聴きながら、息が抜けるような歌声が実に安定していることに気付く。逆に安定しない歌ならば誰もがすぐにわかる。下手だからだ。だがしっぽのボーカルあげはさんの歌声は安定した発声で上手いので、聴いていて違和感がないし、意識をそこに向けて聴いていればその安定さが理解できる。腹の底から100%の力で歌うというのは全力を出せばいいのだが、こういう力を込めずに歌うというのは、その全力の何10%かでキープしなければいけないので逆に難しい。立って手を挙げた状態でずっといることと、膝を曲げて手を前に平行にさし出した状態でずっといることと、どちらが大変で筋力が要るのかを考えれば明らかなように、こういう歌い方は、地味だけど本当の力が無ければ難しい表現だ。
(2018.6.7) (レビュアー:大島栄二)