堺正章『さらば恋人』【見てよこのマイクを持つ左手の小指の立て方の見事さ】
懐メロ番組というのが週に1度あって、前の番組からそのままになってついつい眺めていたりすることがある。昔ベストテン番組などでポップス全盛、後期にはロックバンドが登場するようになってきて、ロックバンドを支持する若者からすればポップス歌手がすでにもうオワコンなのに演歌歌手がベストテン圏内にしっかりと入ってきてて、ロックバンドと一緒にステージに上がったりしていたのがとても不思議だった。当時も懐メロ番組というのはしっかりとあって、北島三郎あたりが毎週のように出演していた。オッサンたちがそういうのを見るのだから、テレビがリビングに1台の時代に子供たちもそういうのを見ることになり、だからまだまだ演歌勢もベストテンに入るよなあそりゃそうだよなあ、などと妙に納得していた。
この間そういう懐メロ番組にマチャアキが出てて、あ、若い人は知らないかもしれないので言っとくが、マチャアキは堺正章のことだけど、ステージで歌っていた。マチャアキは今歌を歌うことがどのくらいあるんだろうか。バラエティの司会とかやってる時代が長くて、その頃にベストテン番組の司会もしていたけど、今は役者としての仕事が多いのではないだろうか。今の大河ドラマでも重要な役をこなしているし。で、マチャアキの歌。ビブラート効かせた歌唱で十分に聴かせるパフォーマンスだったけれど、声量は落ちてたよなあ。ググったら73歳。老いぼれるにはまだまだだけれど、発声に必要な筋肉が多少落ちてたとしても不思議じゃない歳。歌をメインで活動している人は懸命にボイトレとか筋トレとかやって歌唱力を維持しているが、それでも声量は落ちる。役者メインの活動の人の声量が落ちたとしてもまったく不思議じゃない。それでも親戚のおじさんがカラオケでこのくらいの歌唱を披露したら孫子の代までそろってビックリするくらいの堂々とした歌いっぷりだったけれど。そういう懐メロ番組に時々昔のロックバンドボーカリストが登場することがある。そういうのは、時代の変化という印象にはならない。どちらかというと「あの人は今」的な見え方がするからだ。しかし、マチャアキが懐メロ番組に出てきてるのをみて、ああ、時代は変わってきたんだなと実感せざるを得なかった。マチャアキはあの人は今じゃなくて、押しも押されぬ大御所だからだ。20年前くらいに懐メロ番組に北島三郎が出てたような感じで、マチャアキはあのステージにいた。それは、歌謡曲という分野が懐かしの何かに押し出されていったことの証のように感じられたのだ。
それにしても、この映像のマチャアキはレコード大賞か歌謡大賞かのステージだろうと思うが、誰が彼を好きだったんだろうかと今さらながらに思う。イケメンか?当時だって郷ひろみに沢田研二という超イケメンが歌謡界には目白押しで、そんな中で堂々の活躍。マイクを持つ左手の小指の立て方なんて、今だったら何と言われたかわからないけど、もうめっちゃ見事。彼の活躍や人気についてはグループサウンズ時代のザ・スパイダースを抜きには語れないだろうし、残念ながらザ・スパイダースのリアルタイムのことは知らないので、何故人気だったんだろうかという疑問形の域を超える何かを語ることは出来ない。ともかく、この曲はめっちゃいいし、これ以外にも名曲と言えるヒット曲がマチャアキにはたくさんある。この曲にしても筒美京平だし、曲が素晴らしいのはある意味当然なのだが、じゃあ他の人が歌ったらマチャアキ以上にヒットしたのか、素晴らしい歌唱になったのだろうかというと、これまた疑問の域を超えない。イケメンであるかどうか以上に重要な何かというものが歌唱にはあって、それをマチャアキは持っていたのだとしか言いようがない。
(2020.2.29) (レビュアー:大島栄二)