木村結香『COLOR』【なにか幾層かのフィルター越しに聴かされているようで】
シンガーを好きになるというのは、その歌唱力のもの凄さに圧倒されるか、その人の声に恋をするかどちらかだ。100人が100人とも好きになるという声などなくて、蓼食う虫も好き好きで、どんな声のシンガーだって、どんなにへたくそなシンガーだって多少のファンがいたりするから不思議だ。この木村結香という人の声、僕は好きだ。きっと100人中90人くらいは好きなんじゃないだろうか。歌い出しからスーッと出てくる声。短い長さの音符で言葉数の多い歌詞をタタタタタッと的確に歌う。その中にも既に彼女の特徴的な舌足らずなとそれゆえに絡みつくような声が鳴っている。やがてすぐに訪れるサビ前とサビの部分ではスーッと伸びる艶やかな魅力が多少のファルセットとともに全開に響く。好きだ。この声好きだと直感する。
この人はどんなシンガーなんだろうか。公開から1ヶ月ちょっとでまだ2000回ほどの再生数。そんなに有名ではないのだろう。HPによれば2014年からずっと活動を続けている。ベテランというのは躊躇するがポッと出の新人というわけでもない。曲のアレンジもMVの印象も、物足りなさとか貧乏くささとかは感じられない。メジャーでこのレベルのMVや楽曲の人はたくさんいる。なのに、2000回ちょっとの再生数。いったいどういうことなんだろう、こんなにいい声なのに。そう思いながら何回も見た。そして感じたのはちょっとした違和感。この人は何を届けようとしているのだろうか。本人が登場して常に画面の中心にいるのに、1回もカメラを見ない。目線をこちらに向けようとしない。それが見ていて物足りなさとして感じられる。YouTubeにもTwitterにもHPにも「弾き語りシンガー」という文字がある。なのに、サウンドに彼女のギターがほぼ存在しない。本当にこのMVは、この楽曲はギター弾き語りシンガーの作品なのだろうか。そう思って他の動画を見てみる。ライブ動画を見てみる。フルのバックバンドによるライブ、ピアノ伴奏に歌うライブ、バンド演奏で歌だけのライブ。弾き語りというとどうしてもギターをガチャガチャと弾きながらその音を頼りに歌う姿を思ってしまう。だがこの人のライブ、少なくとも動画として公式にアップしているライブにはそういう姿が無い。だからダメだというつもりはないけれど、だったら弾き語りシンガーという肩書きは外した方が良いんじゃないだろうか。バックバンドの演奏はレベル高いし、鍵盤の音と木村結香の声は相性良い。なにもギターを抱えて弾き語りシンガーと銘打つ必要なんて無いような気がする。もちろん彼女自身と日々彼女のことを考えているスタッフとで考えたプランだし戦略なのだから、こんなMVを見ただけの人の思いつきの方が良いなんてことはあるはずもないんだけれど、彼女の声が好きで、その声をもっと聴きたいと思うリスナーにとって、なにか幾層かのフィルター越しに聴かされているようで、なにかもったいないなあと感じてしまうのだった。
(2020.2.27) (レビュアー:大島栄二)