タケモト リオ『夏の中で』
【夏はまだ終わらないはずなんだよというこっちの勝手な想いとシンクロする】
夏の歌。まだ無名のシンガーによる淡々とした夏の歌。歌詞を追えば、夏の記憶に取り残された哀愁を歌っている。夏が突然終わりを告げるかのように涼しくなると、夏のなんと短かったことだろうとびっくりする。暑いよう暑いよう早く涼しくなってくれようとあれだけ願ったのに、いざ涼しくなるとついつい夏を惜しんでしまったりする。この曲のなんともいえないテンポ感が、そんな夏を惜しむ気持ちのズルズルした心情を見事に表現している。歌詞では別れた人と思われる相手への惜別の情が歌われているのだが、聴く側からするともうそんなのどうでもいいというか、ただただ夏への想いが、粘つくような夏の汗のように退いていかないでいる様子が浮かんでくる。スローなテンポでちょっとばかりタイミング遅れたよねという部分が数カ所あるピアノの音も、とても良い。正確に刻まれる時間の経過こそが間違いなんだよ、夏はまだ終わらないはずなんだよというこっちの勝手な想いとシンクロするようで心地良い。いや、本当はきっちりとしたテンポで演奏されているはずなんだけれど、そうじゃなきゃ不快な気分になるだけなんだけれども、テンポがズレてるんじゃないかと思いたくなるような、過ぎゆく夏を惜しむ気持ちとのシンクロ感。砂浜の映像をずっと見ていたい。もちろん、この夏に海になんて行ってないんだけれども。夏を惜しむ気持ちは、海への憧れそのものなのかもしれないと錯覚させてくれる。
(2019.9.30) (レビュアー:大島栄二)