マチーデフ『I’m Reading Air』
【映像の設定自体がこの曲のコンセプトをそのまま体現しているようで面白い】
めっちゃイイ。面白い。このハードロックなサウンドと映像。ロン毛(?)の2人がどこかの山だか高原だかでカッコつけて演奏する。気分はB’zなのだろう。誰が何といおうとB’zなのだろう。曲が始まる前に控え室みたいなところに入ってくるマチーデフに有無を言わさずカツラが装着される。で、いきなりハードロックだ。もうB’zになったつもりにならなきゃやってられない、はずだ。
しかしこのマチーデフというアーチストはハードロックの人じゃない。公式HPによると「ラッパー、作詞家、ラップ講師」となっている。その人がいかにもラッパーな風体で控え室に入って「この衣装でね」といわれ、空気を読んだのだろうか、まったく逆らわずすっかりハーロドックの人に変身してパフォーマンスをする。その映像の設定自体がこの曲のコンセプトをそのまま体現しているようで面白い。
このマチーデフはあくまでネタとしてこのハードロックMVを作ってて、彼がハードロックな人ではないということは誰にでもわかるのだが、じゃあ一般にハードロックバンドといわれている人たちの、何割くらいが本当に心の底からハードロックを愛してて、何割くらいが事務所の言いなりにハードロックを演じているのだろうかとか、そんなことを考えてみる。心の底からのハードロックバンドが本物で事務所の言いなりハードロックバンドがニセモノだとして、そりゃあ本物の方が売れるよ、ニセモノが売れる訳ないだろと思いたいのだが、実際には本物は本物であるが故にどうしても譲れない何かがあって、スタッフと揉めてメンバーと揉めて分裂して終わりということがよくあって、一方事務所の言いなりでOKのバンドは、あらゆる場面で大人の事情を飲み込んで前に進んでいけるので、揉めることもなく周囲にも敵を作らず、どんどんとヒット街道を駆け上っていったりしてしまう。難しいところだ。
それは別にハードロックだけじゃないし、他のロックバンドやポップスバンド、ソロシンガーにアイドルグループと、結局は空気を読んで周囲に合わせられる人たちが長続きするということはあるのだろう。ミュージシャンだけじゃなく、普通のサラリーマンだって、自分を主張しすぎるよりも上司の理不尽さにも笑顔で従ってた方が、地雷を踏むこと無く出世していけたりするのはよくあること。この曲の主人公は「俺は空気を読む、全力で読む、たまに読みすぎる、結果全然読めてない」と歌っていて、空気を読むこともそれなりのスキルが要求されるわけで、空気を読むことで出世していくのもそう簡単ではないのだろう。
昨今の言葉でいえば、「忖度」というべきなのかもしれない。よかれと思って忖度してたら、とんでもない事態に発展して出世街道から転げ落ちるということもあるわけなので、まあ空気を読むのもほどほどにしてた方がいいのかもしれないとはちょっと思う。
(2021.3.29) (レビュアー:大島栄二)
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