tambi『春だった』
【誤解していたことに気づいた時にはすでに取り返しがつかない】
君が春だった。人間が春のわけがないのに、そうだよな、そうだよなと納得する。寒い季節が終わって心もほころぶ季節、それが春。それは人の心にとって単なる季節の話ではなく、そういう心持ちを持たせてくれる何かを指す言葉でもあり得るということを、聴きながらぼんやりと考えた。この曲はずっしりと堂々と落ち着いた、という印象ではなくて、むしろ状況が良く見えてなくてオロオロしているだけというような印象がある。男女のツインボーカルは声質もまったくちがっていて、それなのにぶつかるような感じではないし、すれ違うような感じでもない。不思議にマッチしていて、珍しい組み合わせだなあと思う。女性ボーカルの方は全編ファルセットのような高音で、ギターの音も高音域に特化するようなバランスの音作りになっていて、そこはちょっとぶつかるようでもあるが、そのぶつかりがむしろ、別れに際した心の不安定さを表現しているような、巧妙な作りになっているようで興味深い。単なる偶然なのかもしれないが、だとしても、偶然にこういうバランスが生まれるところにバンドというものの面白さがある。バンドも、人の出会いも同じで、結果的な組み合わせについて運命的だと誰もが思うが、どうしてそういう組み合わせになったのかというと、たまたまの、さまざまな要因が組み合わさった奇跡的な偶然の産物に過ぎない。
誰もが待ち望む春は桜の開花でその到来が誰の目にも明らかになるが、1週間ほどするとあまりにも鮮やかに散り去ってしまう。春の訪れに心も躍り、人々は外に繰り出すが、うっかりしていると花の盛りを見ることさえできなくなり、その散り際があまりにも早いということに気がつくのはいつも終わってからだ。それも、人の別れと春の共通点でもある。貴重なのは、いつもそれが終わってからだ。人も、春も。そんなことわかっているのに、盛りの頃にはそれが永遠に続くのだと誤解してしまう。誤解していたことに気づいた時にはすでに遅く、取り返しのつかないという事実に動揺してしまう。その動揺が、この曲では妙にリアルに描かれていて、すごいなとシンプルに心に沁みてくる。
(2021.5.24) (レビュアー:大島栄二)
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