ヒグチアイ『備忘録』 Next Plus SongCass McCombs『Run Sister Run』

日食なつこ
『ログマロープ』

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 雪の中で鍵盤を弾きまくり歌いまくる日食なつこ。こんなところに楽器持って来るのって物理的にも大変だし、雪をかぶったら壊れるんじゃないかという心理的にも大変だろうなあと普通に思います。でもそれで音楽が拡がっていって聴いてもらえればいいじゃないかと人は言うでしょうけど、キーボードぶっ壊して本当に拡がる保証は無いし、鍵盤ぶっ壊さなくても拡がる可能性もあるわけで…なんて考えている間は音楽が良くなったりはしないのでしょう。どこかでぶっ壊れた人のぶっ壊れた決断が、音楽も面白くしていくというわけで。

 昨日レビューされたヒグチアイと日食なつこは、鍵盤弾き語りのぶっ壊れ系ロックシンガー(“ロック”というのが大事)だと勝手に思います。まあ無名な人にもぶっ壊れ系鍵盤弾き語りの人はそこそこいるんだけれどもそれはまた別の機会として。北沢東京さんもふれていたように、鍵盤弾きの人は幼い頃にピアノを習うのでしょうし、その際にロックピアノを習わせる親はそうそういませんし、そんな教室もほとんど無いし、だから普通はヤマハのピアノ教室。バイエルとかをやるんでしょうか。そのままスクスクと音大に行ったりするような人は楽譜がなければ弾けないとか言うし、バンドメンバーからコード付きの歌詞カードを渡されてもまったく弾けません。だからバンドでキーボードをやっている人は、ヤマハのピアノ教室からどこかで道を変えた人。そういうのを見て思うのは、中学校の教室で英語を習って単語帳で一生懸命覚えて、受験はパスするけれども英語の本なんて一生読まないような人と、受験ではたいした成果を出せなかったけれどどういうわけか外国に渡って遮二無二生活をした結果ペラペラになっちゃう人との、そんな対比です。クラシックを楽譜通りに弾くことだって大変だし、その楽譜の先で個性を出していくとか認められるということがいかに凄いことかというのはもちろん承知しつつ、でも僕はどこかでクラシック路線からドロップアウトしてロックな鍵盤を弾いている人が好きだなあと思います。そこには、英語で考えて英語で喋っている人のように、鍵盤脳で考えて指が勝手に意志を音にしているような、そんな自由さを感じるのです。  日食なつこの歌はてやんでえべらんめえな感じの勢いがあって、鍵盤がぶっ壊れたらまた買えばいいじゃないか、金がないなら稼げばいいじゃないかみたいな感じの威勢の良さを感じます。「腹を決めろ、まさに今」という歌詞に、彼女の人生観そのものを感じます。そういうのが、鍵盤の音となり、軽やかに奏でられ、このMV撮影中もスタッフたちの中で一番元気に取り組んで、「日食さん、もうこの辺でいいんじゃないですか」なんて言われようものなら罵倒のように叱咤して、もう1テイク、1テイクと叫んでいるような感じだったんじゃないかなあと思います。いや、まったくの想像妄想ですけれども。

 誰かに与えられた技術とか常識とか、その殻の中で一生過ごしていられるんだったら楽だけれども、感性がその殻を破っていかざるを得ない人にだけ、殻を破った後の本当の人生があるのだろうし、そういうのがこのMVにも音楽にも感じられて、聴いているだけなのに勇気づけられる想いがあるのです。自分の感性の真の誕生に幸あれ。大変でしょうけど。
(2017.1.31) (レビュアー:大島栄二)
 


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