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Miyake Haruka
『空白』

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 子供の頃の記憶なんてほとんど無い。祖父の記憶は数枚残っている写真にある姿だ。保育園の頃の僕と手をつないで神社で並んで立っているじいちゃん。どんな声だったのかも思い出せない。保育園に通って、小学校に行ったことは事実だが、そのほとんどを思い出すことができない。白黒の写真を見て、写ってるんだからそうだったんだろうなと思い込む以外に思い出す術はない。いや、それは思い出しているのではなくて、思い出しているかのような追体験で、もしもそれらの写真がフォトショップで改竄されていたら、僕は自分の過去について事実ではない経歴を信じさせられてしまうのかもしれない。  同じようなことは歴史でも行なわれていて、生まれる前の史実なんてどれが本当のことやら。当時の書類が焼き払われて、生きていた人がみんな寿命で死に絶えて、学者という肩書きの人たちがさも見てきたかのような「史実」を声高に語りはじめたら、いったい何を真実だったと考えればいいのか。

 そんなことは本当は無かったんだよ。そう思えれば楽なことは世の中にはたくさんある。

 無かったことにしてしまえれば楽なことが多いのは、それだけ世界が、人生が、矛盾に満ちているから。現在進行形のリアルでさえ理想通りにコントロールできないのだから、生きれば生きるだけ、無かったことにしてしまいたいことは積み重なっていく。

 しかし実際には「それ」はあったんだ。あったんだよ。目を逸らしたって、声高に違うと叫んだって、「それ」はあったんだよ。

 別れたラバーの不在に、それは最初から無かったことにできればどんなに楽だろうに、想いが強ければ強いほど、無かったことになんてできやしない。たとえ相手が忘れ去ったとしても、こっちは忘れることなんてできないんだ。だから、その事実を歌にして、確かなものにするんだという歌。三宅遥の軽やかにもどこか冷めたトーンの歌声が、恋の終わりの消え残った煙のような感情を表現するのにとてもフィットしている。抜けるような青空の砂浜に立つ光景と、冬の海の鈍色とが強いコントラストを生み出しているMVも、心の揺れ動きを表現するアシストをしている。真実と忘却とのせめぎ合いはいつも、こうした鈍色のどんよりとしたムードを心の底に沈ませていくと言わんばかりに。
(2019.8.20) (レビュアー:大島栄二)
 


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