明くる夜の羊『そこにあって』
black midi『ducter』
ぼくひかる
『ひみつ』
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古い8mmフィルムのような映像に、鼻声なのかエフェクトなのか判らないもののシンガーの喉とリスナーの耳の間に靄のようなものがさえぎっているような歌声が流れている。こういう「手の届かなさ」というものが、実は好き。YouTubeにいくつか貼られているリンクを見ても、このアーチストがどういう人なのかがよくわからない。女性ボーカルであることは間違いないし、画面にもその女性ボーカルと思われる人が映る。でもその登場する人が歌っているシーンは無いし、だから彼女がアーチスト本人であるという確信は持てない。最近はプロデューサーという立場の人が女性ボーカルをフィーチャーして作品を作るということも普通にあるし。ホームページのプロフィール欄にはインスタとタンブラーのリンクがあるだけで、特にアーチスト名とかボーカル名というのはなくて、だから「ぼくひかる」がアーチストなんだろうなということがうっすらと理解できる。で、MVで歌ってる、というか登場する女性と同じであろうという人の写真が載っている。これだけでは何もわからないので、タンブラーのリンクをクリックする。ブログのような日記のような投稿が並んでいる。自分のことを「僕」という人称で書いてある。昨今は女性でも僕という人称をつかうことはさほど珍しいことではないが、その人称を使うことで性別不明感は増す。ぼくひかるがどんな人なのかという手がかりが少なくなってくる。しかし日記のようなブログにはいろいろなことが書いてあって、その人の日常とか、考えていることの断片とか、いろいろなことが判る。なんとなく、解る。
そういう「ぼくひかる」探しをしてみて、ああ、これは虚しいことだなと思ったりした。アーチストの作品というものがあって、そこにアーチストの人となりみたいな属性的情報がどのくらい必要なのかというと、実は、そんなに要らないのだ。どうしても人はジャンルとか気にするし、アーチストの顔を知りたいし、そのあげくに「好きな食べ物はなんですか?」「パフェです」みたいな質問をしてしまう。だが、そんなことはどうでもいいのだ。ぼくひかるというアーチストが、この曲を作って、全体的に靄がかかるような状態で公開をした。それに巡りあって、楽しめるのか、楽しめないのか。それだけを自分で判断すればいいのだ。なかなか難しいことだけれどね。この曲のタイトルが「ひみつ」というのも面白い。公に出す情報なんて全部秘密ですよといわんばかりで。曲を聴いて、楽しんだり悲しんだりすればいいだけですよといわんばかりで。
(2019.7.23)
(レビュアー:大島栄二)
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