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LUCKY TAPES
『MOOD』

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 刹那的、といえば良いのだろうか。この曲に広がる投げやりな態度表明。だが本当に今しか見ずに刹那に耽っているとはとても思えず。所詮という言葉があるけれど、人が行き来できる範囲には上にも下にも右にも左にも限界があって、今居る場所で何ができるのかを突き詰めれば、結局は人は刹那的な態度を取る以外に術を持たないのではないだろうかということを考えさせられる。このMVでは林野を貫く道路をスケボーで疾走する光景が映されている。俯瞰で見るからそれが林野の一本道だとわかるし、当面どこまでも何もないよなと理解できる。しかしその場にいたら、あとちょっと進めば街の灯りが見えてくるかもとか、いやいやどこまでもこのままで一日は暮れるよとか、まったく見当がつかないだろう。単なる地理であれば地図を見れば今の自分の位置はつかめるかもしれないし、スケボーでどのくらい進めるだろうという予測も立てられる。しかし後世の人が歴史上の過去として現在を見るのとは違って現在の人が今と未来を見るのである以上、あとどのくらい進めば灯りが見えるのか、また逆に荒野に行き着くのかなど正確にわかるはずなどない。この一本道を歩いて進むのとスケボーで進むのと、自動車で進むのとでは進み得る距離は違うけれど、その違う距離に進んだところで結果が同じ荒野のままであるならば、遮二無二突き進むことに一体なんの意味があろうか。刹那的な態度というのは単に無思考の結果として生まれる場合と、思考を尽くして辿り着く場合とがあり、LUCKY TAPESのこの曲に漂う刹那的なMOODは、どちらかというと後者のそれのような気がしてならない。
 かといって本当に楽しいことだけ刹那的にやっているだけなのかというとそんなことも無く。彼らの楽曲、この曲を含むアルバムdressingの全曲を通して感じるのはその完成度の高さ。同時代のポップミュージックを作っているミュージシャンたちの中でも群を抜く作品を作り出すのが楽しいだけということはとても信じ難い。だが、彼らにとって真に楽しいことであるが故に、普通なら困難とか苦労とかいう作業も苦にはならず、ここまでの高みに到達できるのかもしれない。この曲の中で彼らは「比べてばかりいても仕方ない」と言う。それは必然的にセールスなどの数字で比較されてしまうプロのミュージックシーンに身を置きつつも自らは自らの高みを目指すのだという宣言に他ならないのではないかとさえ響いてくる。
(2019.4.6) (レビュアー:大島栄二)
 


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