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Trifolium
『さなぎ』

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 音楽表現を志すというのは出発点においてただただ純粋なものであるはず。多くの人たちにとってはテレビで聴いたことのある歌謡曲だったり、あるいは教育テレビや幼稚園保育園で聴いたり親から歌ってもらった童謡だったりするはず。その原点で楽しかったという記憶、歌ってもらうことでこんなにも楽しい気分になれるのかという体験が、じゃあ自分もいつか歌おう、演奏しようということに向かうのだろう。それは幼い頃に自分や家族を病気や怪我から救ってくれた医者に感動し、自分もそうやって人の役に立ちたいという動機につながるようなもの。しかし、大人になるにつれて感動よりも経済的要因が主たるモチベーションにすり替わっていって、売れる音楽をどうやって作ろうか、いやいや売れるんだったら何でもいいですよという気持ちに徐々に支配されていく。誰かを助けたいから医者、ではなく、儲かるから医者、というようなものと音楽もまた変わらないのだろう。僕はそれを否定しない。むしろ音楽で儲けを出すことの重要性を誰よりも認識しているひとりだという自負がある。だが、儲けるために表現する音楽の種類を選ぶようになったとしたならば、それは完全に本末転倒で、そんな人の奏でる音楽にはこれぽっちの価値も無いと考えている。このTrifoliumというユニットの音楽を聴いて、ああ、この人たちは純粋にこういう音楽が好きなんだろうなあと感じられる。特別派手なこともなければ、特別個性的に尖っていることもなくて、だから特別耳にひっかかることもなく、うっかりしているとついつい聴き逃してしまうかもしれない。だが、ちゃんと向き合って聴いてみれば、歌として曲として実にいい音楽であることがわかる。誰にでもそれはわかるのではないだろうか。例えば人気ドラマのテーマ曲になったりという仕掛けがくっついてくればたちまち多くの支持を集めるのではないか。しかしそういう音楽とは別なところでの仕掛けも特になくてただ淡々と音楽が表現されている。そういうのをもったいないと感じるのはきっと音楽業界人の悪いクセなのであって、ただそこに咲いている一輪の花は、誰かに見てもらいたいということなど考えもせずにただただ咲いているだけなのかもしれない。例えば美人すぎる女医みたいな肩書きでタレント活動したり本を書いて存在をアピールする医者が偉いのでもなんでもなくて、ただただ町の普通の人を懸命に診ている無名の医者にこそ、人の役に立ちたいという原点実現があるのではないかというような、そんなことを思いながらこの曲を歌を聴いていた。美しい音楽である。
(2016.4.28) (レビュアー:大島栄二)
 


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