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Hior Chronik
『SIMPLE IS BEAUTIFUL』

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 どんな音楽配信媒体でもいいが、あまりの情報量、熱量に彷徨してしまう場合がある。圧倒的な作者たちのリアリティがそこに含まれていたりするからで、それらがインフレ的に受容者たる自身の五感に覆い被さるとき、ジョン・ケージの「音の内部(inside of sounds)」という言葉に立ち返る。簡単に説明にするのは難しいものの、音の構成粒子の個々様々な運動までを拡大しようということで、表面的な因習の楽音に慣らされた耳をもう一度、戻そうという<聴く>行為そのものへの示唆を問う概念といえるかもしれない。

 ギリシャ出身のベルリン在住のHior Chronikの音楽はそれを思わせる。自身のFACEBOOK上でベルリンの写真をメインに、彼岸のような美しい静謐さとどこか靄がかかった雰囲気のものとともに、短い文章や単語をのせるのだが、そういった感覚の延長線上に、メランコリックで、靄がかかった彼の音楽の深奥に分け入ってゆくほどに、訴えようとしている核心がより明確に伝わってくる。今年リリースされた『Taking The Veil』はその美学が開花した作品といえ、アート・ブック形式の装丁、曲ごとに多くのミュージシャンをフィーチャリングするなど、微に入り、通底するエレガンスを感じることができた。

 この曲はタイトルこそ、昨今のミニマリズム、シンプル回帰への一部の潮流との共振を彷彿させもするが、ショート・フィルムのような質感と合わせ、見たり感じたりすることができる聴覚の幅をむしろ鋭敏化させる。私的に想い出したのは、武満徹の最も初期のテープ音楽、1955年制作の「ルリエフ・スタティク」だった。靄がった音に、動物の鳴き声や、息をのむ音、女性の息の音などが加わり、変調と反復の中で、電子音、やがて淡い影像が残る短いミュジーク・コンクレート作品。当たり前だが、人によって、求めるシンプルも美しさも違う。それを押し付け、排除し合うのではなく、差異を認め、譲り慮り合えるようになるような願いの反響もこの曲から想う。静かさの中でこそ、多様な人たちの小さな息吹、鼓動は再認される。
(2015.12.21) (レビュアー:松浦 達(まつうら さとる))
 


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