ヒラセドユウキ インタビュー
『僕は自分の作る曲をすべてロックだと思っている』
    〜『monochrome』から聴こえる鋭利な色彩〜  (取材:文=松浦 達)

 

 このたび、ヒラセドユウキとしてはファースト・フル・アルバムとなる『monochrome』 がリリースされた。ポストクラシカル、ポストミニマリズムという概念が急速に漂白化する中で、気鋭の彼の作品は不思議なストイシズムと艶気を帯びている。自身のコンポーズの下でピアノ、チェロの徳澤青弦、ソプラノの廣橋英枝とともに作られた今作は、とても典雅な空気感を孕みつつ、時おり牙も見える。そういったところも含めて、musipl.では、先行のMVの「behind the scenes」を取り上げたが、今回、本人にメール・インタビューを試み、結果、かなり興味深い言葉が返ってきた。是非、気になる方は彼の音に近付いて欲しいと思う。

 


皆が右を向いているなら、どこか左を向いていたい

m:今回は宜しくお願い致します。まず、ファースト・フル・アルバムの『monochrome』はヒラセドさんの気丈な想いがしっかり込められた凛然とした作品で素晴らしいと思いました。リリースされた今、素直にどういう気持ちでおられますか?

ヒラセドユウキ(以降はヒラセド):ありがとうございます。チェロの(徳澤)青弦さんを始め、本当にメンバー・スタッフに恵まれたなというのが率直な気持ちです。編成ごとにセッティングを変えてくれた調律師の名取さんには驚かされました。スタインウェイのピアノはタイヤの向きで中音域をカットできるというのは初めて聞きましたからね!実際にMIDがバリッとして、見事にチェロのスペースが作られていました。
 あと、作曲科出身で画家という異色の経歴を持つ文谷有佳里さんのアートワークが本当に素晴らしいので、最近は配信のみのリリースという選択肢もありますが、盤を作って良かったです。エンジニア井口さんの録音も素晴らしいので、ototoyで配信中のハイレゾ版(24bit/96kHz)も是非聴いてみて欲しいですね!

m:アルバムとして、構成がよく練られているのも最近の単曲のダウンロードやそのときの気分でザッピングできるカルチャーへのカウンターなのかな、とも感じました。9曲として物語といいますか、情景が浮かんでくるようでした。今作では、チェロの徳澤青弦氏とのデュオ形式かつ、ソプラノの廣橋英枝さんを招いた歌が後半に入ってくるなど、これまでにない要素もあり、こういった編成にしようと思った経緯、作成過程で、想い浮かんでいたものを教えてくださいますか。

ヒラセド:幼少の頃から皆が右を向いているなら、どこか左を向いていたい願望というか反対側が気になってしまうような傾向が少しありまして、音楽シーン全体がどちらかと言うと“たくさんの要素の中でどのように理路整然と音を重ねていくか”という方向を向いているなら、その逆の価値観もあるのではないか?と思ったのがきっかけですね。言うじゃないですか、上級者ほど引き算だって(笑)そこから音の引き算を色々な形で試して、トライ&エラーを繰り返す中で徐々に今のスタイルに近づいていったんですが、突き詰めると音ってどんどん減らせるんですね。6曲目の「夏を想う」なんてその顕著な例で、ピアノさえ不要に感じてしまって省いてしまった。自分のパートなのに(笑)ただその結果、チェロ伴奏のソプラノ歌曲という、いい意味で予想を超えた面白いサウンドになりました。

   
 

『monochrome』アルバム・トレイラー

 

ヒラセド:ソプラノ起用はプロデューサー出町のアイデアだったんですが、廣橋さんの歌唱力・バランス感覚を抜きにしては語れない部分も大きいです。普段歌うことの多いであろうコテコテのクラシックともまた少し違う、童謡を歌うときのような独特の素晴らしいバランスを取りながら録音に臨んでくれました。ダビングなしの一発録りで、良いテイクが録れた時は鳥肌が立ちましたね。
 要素が多い音楽でも好きなものもたくさんありますし、現状のシーンに対してそこまで強い反骨心があるわけではありませんが、カウンターと感じる要因はそこにあるのかなと思います。


強い要素が幾つかあれば、色さえも不要だったんじゃないか

m:最後のヒラセドさんのピアノ・ソロ曲の「Me」でそれこそ「個」に還る感じがしました。個的な表現の井戸を掘り下げてゆくと、地下で普遍性に繋がるというクリシェがありますが、そういった何かを作品総体として「Me」がつなげている感覚も見えました。「Me」とはどういうところから生まれてきたのでしょうか。

ヒラセド:実はこれ“me”と書いて“目”と読ませているんですね。この曲は母性がテーマでして、自分の年齢がちょうど母が自分を生んだ頃の年齢に差し掛かった時に、「母親目線の幼少期の自分」というものについて考える機会がありまして。まあ、そう考えるとmeでもあるんですが(笑)
 そういったテーマで制作すると今までにないくらい温かい穏やかな曲になったので、結果的に最後に持ってくることで実験的要素が大きいこのアルバム全体を優しく包んで肯定してくれるような立ち位置になりましたね。やはりと言うべきか、この曲の評判が一番良さそうです。

m:過去作品から今作まで、ヒラセドさんはポストクラシカル、ポストミニマル的な試みを果敢に深く掘り下げてゆく側面も勿論、感じますが、もっと現代(の)音楽に対してのカウンター、オルタナティヴな在り方を感じもします。基本、表現の根底にあるものってどういったものがあるのでしょうか。曲によって違うとは察しはしますが、抽象的でもいいので、教えてくだされば。

ヒラセド:作品づくりにおいて完全な自由は意外と不自由なので、ある程度の枠を設けることも大切なんですが、編成=ジャンルという固定観念に縛られないということは常々考えています。というのも、今回の作品がポストクラシカルとカテゴライズされるのも編成からきている部分が大きいと思うんですね。
 先ほど反骨心はないと言いましたが、僕は自分の作る曲を全てロックだと思っていまして…(笑)僕の中のロックの定義は“汚い音を綺麗に出すこと”で、それが表現の根底にあると思うんですが、それを体現する上で実は編成はそんなに大きな問題ではないんですね。あくまで“手段”なので。それよりも、どんな人と音を鳴らすのか、音の美意識を共有できるのか?といった“目標”に関わる部分の方が大事になってきます。
 その点で青弦さんは話が早かったですね。チェロに色々なエフェクターをかませたいと相談したら、チェロ本体のマイク録り+ピックアップ→エフェクトを通過した音をアンプから出力してしまって、ホールの空間ごと3点吊りマイク等で録音するアイデアをすぐに出してくれましたから。

m:例えば、今作の中でMVも公開されました「Behind The Scenes」のピアノ・タッチの抑制的なところには、饒舌になりすぎないことで聴き手にイマジネーションを拡げさせるものも感じました。それは、どこか、鋭い現状の誰もが発言ができ、誤導を含めました丁寧な説明書が多すぎる音楽シーンへの反骨精神みたいなところもあるのではないか、と穿っているかもしれませんが、推察さえ持ちました。『monochrome』というアルバム・タイトルにも“含み”をおぼえます。シンプルな質問ですが、『monochrome』と称した理由、軸になってきた曲があれば、教えてください。

ヒラセド:映画「ローマの休日」って、技術的にはカラーで撮ることも可能な時代だったのに、あえてモノクロ映画にするという選択をしたらしいんです。モノクロだからこそ洗練された気品のようなものを感じるんですよね。ローマの綺麗な街並み、グレゴリー・ペック、オードリー・ヘプバーンなど出演者の美しさ、という強い要素が幾つかあれば、色さえも不要だったんじゃないかなと。白と黒の世界なのに、とても豊かなんです。
 今回の作品も、今の時代にあえてピアノとチェロという2つの要素だけでどれだけの表現ができるのか、ということに取り組んだので、『monochrome』というタイトルにしました。ホールの響きやエフェクター、ソプラノといった幾つかの要素の力も借りましたが、実際に録音してみて気付いたのは、要素を削ぎ落とした分、ひとつひとつの出来事や楽器本来の魅力が際立つということです。
 音数が少ない分だけ、かすかな擦弦音やピアノのペダルを踏み直す際のきしむ音、その場の空気、呼吸、などといった“本来演奏する際に鳴っているはずなのに埋もれてしまうことの多いノイズや倍音”の影響力が大きくなるので、逆に音の艶や豊かさ、多様性につながる。この実感と体験は自分の骨肉となりました。



現存しない面白さの探求に肩の力を抜いて取り組むスタンスというのは観ていてワクワクします

m:ここで、ヒラセドさんの存在を初めて知る方も居ると思いますので、パーソナルな質問を幾つかさせてください。まず、具体的に幼少期からどういった音楽を聴いてきたか、特に、影響を受けたアーティスト、その背景、また、今はどういった音楽、アーティストに魅かれるか、教えて戴けますか。

ヒラセド:幼少期に音の世界を広げてくれたのは、スーパーカー『HIGHVISION』、Underworld『A Hundred Days Off』、くるり『アンテナ』。その後、ミニマルとエモを教えてくれたのがNATSUMEN『NEVER WEAR OUT yOUR SUMMER xxx!!!』、APPARAT『Walls」、Steve Reich「Daniel Variations」。

   
 

スーパーカー「YUMEGIWA LAST BOY」
(『HIGHVISION』所収、映画『ピンポン』主題歌)

 

 音楽を本格的に学びだしてから、音の曲げ方を教えてくれたのがKing Crimson『Discipline』、E.S.T (Esbjörn Svensson Trio)『Tuesday Wonderland』。楽器も歌うのだということを教えてくれたのが、世武裕子『おうちはどこ?』、Jim O’Rourke『Insignificance』といった感じです。

   
 

Esbjörn Svensson Trio 「Tuesday Worderland」

 

 手段は多種多様でも、キャッチーであろうとする姿勢が一番の説得力だということをこれら先人から学んだ気がします。あとは、ピアノの講師をしている母がショパン、ドビュッシーがとにかく好きで、生まれる前から聴かされて育ったので、和声の面で少なからず影響を受けているかと思います。

m:音楽以外でこれまでに特に影響を受けた映画、小説、漫画などありますか? また、なぜ、その作品に魅かれたか、その背景も良ければ教えてください。

ヒラセド:中学生の時に読んだ松本大洋さんの漫画に衝撃を受けて、その後の趣味を形作ったような気がします。スーパーカーとの出会いも映画「ピンポン」がきっかけでしたし、「鉄コン筋クリート」も大好きな作品です。青弦さんが音楽を担当されている、ラーメンズのコントや小林賢太郎さんの演劇作品なんかも大好物ですね。
 共通しているのは、“守破離”の過程でいうと“破”の過程で形成された個性が色濃く残っている“離”の境地と言いますか…現存しない面白さの探求に肩の力を抜いて取り組むスタンスというのは観ていてワクワクします。

m:Twitterで言及されていましたが、ブラッド・メルドーに近いスタンスがあると感じます。彼も、ジャズという枠に拘らず、いわゆる、ビートルズやレディオヘッドなどロックの曲を独自のセンスで解釈、カバーしたり、アヴァンギャルドな試みを行なってきたところもある方で、ヒラセドさんも今後、異分野のカバーのリリースのみならず、行なってみたいコラボレーション、ヴィジョンはあるでしょうか。

ヒラセド:エレクトロニカやボーカリストとのコラボは以前からずっと機をうかがっていたのですが、ここにきて幾つか動き始めたプロジェクトがあるので今後の進展が楽しみです。いずれも自分ひとりでは形にできそうにないものなので…また来年に良いお知らせができると思います。

m:『monochrome』を経てのツアー、ライヴはどういった形になるか、イメージがあれば教えてください。

ヒラセド:個人の活動としては来年初頭に東名阪ツアーを企画しています。この編成は響きが大事なので、空間の力を存分に借りながら、という形になると思います。そうした魅力的な場所をリサーチしているところですが、その土地の美味しいものもしっかりと押さえて糧にするツアーにしたいですね(笑)

m:最後に、musipl読者の方にメッセージをお願いできれば、幸いです。

ヒラセド:拙文ながら、最後までお読みいただきありがとうございました。



 

 音楽とは、平穏さやまた、過激さばかりを聴き手に求める訳ではなく、世の中と呼応し、音楽の意味合い、アーティストの創作姿勢も変わる。『monochrome』が、2014年においてあまたリリースされてきた作品群の中でも筆者が特に感応したのは、静かな中にどこか現状に憤っているような感覚が透徹として編み込まれている点が大きかった。それは、ヒラセドユウキ自身の元来、持っている美意識が立体的に表れてきたという側面なのかもしれない、と、このたびの取材を経て、思った。そして、聴くほどに、彩味を変えてくるのは、彼の言にあるように、今や技術的にハイスペックに、カラフルな音像を求めることがいくらでも可能なのに、あえてそうせずに、しかし、感覚を研ぎ澄ませ、徹底的に吟味された音の中に、日々の生活で忘れがちなささやかな想像力や感覚を取り戻せるようなところがあるからなのかもしれない。やはり、重要な何かは細部に宿る。

 


(2014年11月4日)

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インタビュアー:松浦 達(まつうら さとる)
多角的に文化を考える執筆家、途上開発経済研究者。
Blog : 【Rays Of Gravity】