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映画『ボヘミアン・ラプソディー』がもたらす高揚感と、少しの偏差

 文=松浦 達

はじめに)

 この日本でも2018年11月公開後、大ヒットを続けているクイーンの『ボヘミアン・ラプソディー』。その効果もあり、クイーンの曲や、フレディ・マーキュリーの自伝、そして、現在のクイーンにまでオールタイム・アクセスで時空が捻じれているような状況が起こっているが、映画そのものの細部における史実との違いは別にして、“よくできている”映画なのは間違いない。生きて、その生の喜びを満喫すべき、という底流のテーマと、クイーンそのものが持つ音楽の強度が間延びさせることなく、社会的磁場の中で重苦しい展開さえ越えて135分で駆け抜ける狂想曲。現代的に肌理細やかなポリティカル・コレクトネスに歩み寄るが過程ゆえに、エッジの摩擦係数は低くなり、フレディ・マーキュリーの苦悩の周縁にはスクリーンからはみ出すための要素が多すぎるのも感じた。ラミ・マレックの憔悴を纏った現代版フレディしかり、陰翳の内部に、また、急激に開ける音楽の狂騒があり、クイーンの持つ破天荒な部分と、繊細な関係性が成功、アルコール、メンバー間の意味合い、時代背景とともに抉り取られてゆく。懸命に、命を削り、作品を作るための模索のセッションで。余談として日本が誇る世界的な人気を誇るJOJO(ジョジョの奇妙な冒険)の中でクイーンの曲名を模したスタンドが出てくるのは言わずもがなで、以前のオルタナティヴ性はシネコンの真ん中に熱狂させる火薬庫を置くのかもしれない。

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Queen「Killer Queen (Top Of The Pops, 1974)」

 

翳る表現、煽る時代)

  性的な問題、ドラッグ、アルコール、民族・家族関係性の複雑さ、破綻的な生への導線、瞬間の寂寥などステージに上がればスター「以外」の問題として、被視聴者としては何を共有しているのか分からなくなるときがある。クイーンとは世界的なバンドで、でも、過剰で異端者だった。だからこそ、大きいスクリーンでいい音響でマッシュアップされたスクリプトでなぞる彼らはこんなに「真ん中」だったか、と思うと、「真ん中」にはドーナッツしかりパンケーキしかり空洞が空いているし、政治中枢のそれを想うと尚更に。

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 しかし、2018年の『ボヘミアン・ラプソディー』。およそ43年前に『A Night Of The Opera』で、邦題で『オペラ座の夜』でリリースされたアルバムの中の一曲。2分、3分台の軽快な曲が並ぶ中での6分の「Bohemian Rhapsody」。 今でこそ先鋭的なロック・バンドはオペラをオルタナティヴに用い、伝えようとするメッセージ性も明瞭になっているが、この曲ではダイレクトな贖罪意識とフレディ自身の心情が濃厚に吐露されている。表現者としての自我、自我が表現形式を変えることはよくある。レディオヘッド「パラノイド・アンドロイド」、カニエ・ウェスト『ザ・ライフ・オブ・パブロ』、更には劇中にも出てくるピンク・フロイド『ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』のように。商業作品的には破綻していても、アートの領域では高尚なまでにエネルギーを帯び、飲み込もうとすると体力が要る。

 も、それこそが芸術作品、いや、ロックンロールとばかりにビートルズをはじめ、クイーンのあまたの曲やステージングは今も残っている。だからこそ、この『ボヘミアン・ラプソディー』はクイーンを主体にフレディ・マーキュリーを軸にしながらも、現代を生きるべき我々には考える要素があまりに大きく、多すぎる。


「書割」を疑って)

 名前や最初の場を喪失し、「書割」の社会の中で夢見る自由の不確かさ、ジェンダーレスと放蕩のトレードオフ、汎的な成功と省みるための実生活での猶予のなさ、パノプティコン型社会、出自、宗教観、容貌など多々側面から、無関係な場までの飛距離。それらの接続は、となると懐疑をおぼえる。ロック・バンドのドキュメンタリーだけではなく、よりもっと細部に、もっと急がずに作ることができると思えもした。本編であった作らなくてもいいような苦しいくらい切なく重いシーンとともに。

 同性がキスを交わしてもいいのだよ、野放図なパーティーに溺れてもいいのだよ、ビジネスのために娯楽もなりたっているのだよ、あらゆるリテラシーが妙な方向に転がらなければ、「理解」に至るのだろう。でも、「理解」ってそもそも、と。あなたはどこにいるのだろうか。オルタナティヴな人たちが謳うべき祝詞(のりと)のために。この映画でクイーンは知ることができない。でも、クイーンというバンドを通じて、音楽面以外での気付きをどこかで感じてくれているのならば、今のこのご時世はボーダーレスになってゆくと思うと願い、クライマックスのライヴ・エイドのシーンまでの熱量の高さを今一度、フラットなマインドマップに描き直してみても、と。音楽はそれでも続くのだから。

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Queen「Radio Ga Ga (Official Video)」

 


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